ハチジョウススキの移植

 1977年3月、長谷川先生が鳥島へ上陸して観察した際には、アホウドリの数は成長71羽、ひな15羽でした。長谷川先生はアホウドリの営巣地にハチジョウススキを植えることを提案します。
 アホウドリは火山灰や砂が積もった急斜面に、砂だけよせあつめて巣をつくっていたのです。そのため突風などにさらされ卵は転がり出たり、砂粒で傷ついたりしてしまうこともあるようでした。
 けれどもこの環境が人間をよせつけなかったため、アホウドリは生きながらえることができたのです。

 長谷川先生の呼びかけに環境庁と東京都がこたえ、1981年にハチジョウススキの移植工事がおこなわれました。ススキを植えることで地盤は安定し、枯葉や茎をひきこんで丈夫な巣をつくることができるのです。
 こうして'85年の春からは50羽以上のひなが巣立つようになりました。

標識による個体識別

 長谷川先生はアホウドリの生態調査のために、一羽づつ区別のできる足環をつけました。
 ひとつは環境庁が鳥類標識事業用に製作した金属製のもので、これは発見されると世界のどこからでも報告がくるようになっています。
 もうひとつは長谷川先生のオリジナルのプラスチック製のもので、これは年齢別に色を変えてあります。

 これらを観察することでアホウドリの生態が分かります。
 ひなは年末から1月上旬に誕生し、5月下旬に鳥島を巣立っていきます。そして島へ再び戻ってくるのは、早くて3年後の2月から4月頃なのです。それまでアホウドリは海の上で暮らしているのです。

新コロニーの設営

 ひなの数が増える方向に向かっていた1987年の秋、営巣地のある燕崎は台風による地滑りが発生し、卵やひなが被害にあいました。さらに翌年も土砂は流れ、ひなの繁殖率は停滞してしまいました。

 1990年6月、環境庁と東京都は砂防と草植えの工事を行いましたが、人手による作業では不十分のため、'93年の夏、ヘリコプターで土木作業車などを運び堤防などの大がかりな工事をしました。こうして営巣地は守られたのです。

 長谷川先生はさらに営巣地の拡大を考え、新コロニーの設営を提案します。そこで、むかしアホウドリの巣があった安定した場所を選びました。そこはクロアシアホウドリが繁殖している土地でもあり、巣作りには適していました。
 そしてその土地にアホウドリを呼び寄せるために、デコイ(模型)を並べ、録音したアホウドリの鳴声で若い鳥を引きつけました。
 3年後の'95年11月に新コロニーで最初の卵がかえりました。

 現在、この活動は環境庁から委託をうけて山階鳥類研究所が行っています。長谷川先生はボランティアでこの手伝いをしています。
 今後、この新コロニーでの繁殖が定着すればアホウドリは自力で生きのびることができます。

上記に記載された事柄の資料が調査研究項目に掲載されています