テレビドラマはやっぱり脚本と役者だよ
底抜けに素晴らしかった『ちりとてちん』
私の過去10年間のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)のベスト5は下記のような感じであった。
1位 ちゅらさん(2001年春開始) 脚本:岡田惠和 主演:国仲涼子
2位 純情きらり(2006年春開始) 脚本:浅野妙子 主演:宮崎あおい
3位 てるてる家族(2003年秋開始)脚本:大森寿美男 主演:石原さとみ
4位 あすか(1999年秋開始) 脚本:鈴木聡 主演:竹内結子
5位 私の青空(2000年春開始) 脚本:内館牧子 主演:田畑智子
※最低 天花(2004年春開始) 脚本:竹山洋 主演:藤澤恵麻しかし、『ちりとてちん』はこれらの作品を押さえて文句なしに一番面白かった。それは面白いというだけでなく、作品の完成度も一番高かった。
人によっても判断基準の違いはあるだろうが、私の考えるテレビドラマの善し悪しは、まずは脚本・演出・演技が三位一体化していること。その上に他の要素(キャスティング、美術、照明、音楽、音響、衣装、タイトル画などなど)が補っていれば、素晴らしい作品だ、と考えている。こうした価値観からすると、『ちりとてちん』はここ何年かのテレビドラマにおいても、最高傑作に値する作品であった。
●向田邦子賞ものの藤本有紀の脚本
誰もが指摘するが、藤本有紀の脚本は素晴らしかった。脚本の随所に上方落語の演目を引用して、なおかつ劇中劇と本編の話もシンクロさせるなど、その構成はお見事の一言であった。また、毎週末には泣かせるような場面を用意しているなど、心ニクイ構成も手がけていた。そして、話の全体の本質ともいうべき結論を最終週にもってきて、「お母ちゃんみたいになりたいんや」というセリフには本当に泣かされた。こうしたしっかりとした脚本構成ができる作家はそうそういるものではない。
脚本構成同様に素晴らしかったのがセリフである。下記にある「順ちゃんの名言集」をはじめとして、すべての配役された役者たちに、最低一回はきちんとしたセリフとハイライトを用意していた。これだけ丁寧な配慮があると、役者はどんな端役と言えどもその演技に力が入るものである。
藤本有紀という脚本家は間違いなく筆のたつ人であり、次の向田邦子賞を受賞できる人は彼女おいて他にはいないだろう。
●伊勢田雅也と遠藤理史の映像美
『ちりとてちん』のチーフディレクターを務めていたの伊勢田雅也。この人はこれまで数多くの大河ドラマの演出を手がけていて、NHKの数多くいるディレクターのなかでもトップレベルの手腕をもつ演出家である。加えて、チーフプロデューサーの遠藤理史も以前に大河ドラマのディレクターをしたことがあり、二人の演出および映像に対する真摯な取り組みかたは素晴らしかった。以前の朝ドラは4〜5人の若手から中堅ディレクターが各週ごとを回り持ちで演出するのが通例だったが、今回は伊勢田雅也が常に全体の演出を見ていたようで、一貫した映像美が作られていた。
思い出せば、数え切れないほどの名シーンがいっぱいあったが、個人的には渡瀬恒彦と米倉斉加年が地獄で会うシーンや、最終週で稽古場で役者を横に並べて正面撮りするところなどは、この演出家は芝居の基本を知っているなぁ思わざるをえなかった。
●見事なキャステングと個性的ある演技
主役の貫地谷しおりは映画「スウィングガールズ」でトランペット吹きを熱演していたが、「ちりとてちん」でも女流落語家を見事に演じた。そして、彼女の母親を演じた和久井映見の凄さは助演女優賞ものというか、貫地谷しおりには申し訳ないが主演女優賞ものだった。このほかには数多くの個性的な役者たちが揃い、そのキャスティングも斬新かつ適材適所だった。
徒然亭一門および居酒屋寝床は関西系の役者で固め、和田家は関東系の役者(といっても関西出身者も多い)でキャスティングするなど芸が細かい。そして、松重豊と京本政樹の兄弟なんて普通ではありえないようなキャスティングに鋭いセンスを感じた。他にも、江戸っ子のような粋なおばあさんに江波杏子を据えた妙など、本当に脱帽もののキャスティングを行っていた。それに応えるかのように、役者たちは自分の役を楽しみながら、誰もがみんなイキイキと演じていて、観ていて気持ちがよかった。
●その他の要素もワンダフル
このように脚本・演出・演技が三位一体化した上に、その上にその他の要素も素晴らしかった。舞台美術はテレビ日本美術家協会の第35回伊藤熹朔(きさく)賞を受賞。佐橋俊彦の音楽も現代的音楽と江戸時代風音楽をミックスしてオリジナリティに満ちていた。この他にも普段はあまり好きでない上沼恵美子が抑えた語りをしたり、タイトル画や最後に登場する修行中などの、ドラマ以外の部分にも手抜きがまったくなかった。
ということで、この『ちりとてちん』は過去10年間の(朝ドラ)で間違いなく一番優れた作品であり、ランキングが次のように変わったことは言うまでもない。
1位 ちりとてちん(2007年秋開始)脚本:藤本有紀 主演:貫地谷しおり
2位 ちゅらさん(2001年春開始) 脚本:岡田惠和 主演:国仲涼子
3位 純情きらり(2006年春開始) 脚本:浅野妙子 主演:宮崎あおい
4位 てるてる家族(2003年秋開始)脚本:大森寿美男 主演:石原さとみ
5位 あすか(1999年秋開始) 脚本:鈴木聡 主演:竹内結子
「助言の達人」順ちゃんの名言集
朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」(NHK)が面白いとは、これまでにも書いているが、なかでも、主人公・喜代美(貫地谷しほり)の頼れる親友、順ちゃんこと順子(宮嶋麻衣)のアドバイスにはほとほと感心させられる。
そこで、これまでの彼女の名言を調べてみた。
※高校卒業後の進路に迷っている喜代美に対して。
順ちゃんの名言
「ほんまにええの? 先生に薦められたいうだけで、地元の短大行って。地元の農協とか信用金庫に勤めて。地元の人と結婚して。子ども産んで」※学園祭で結局スポットライト係になって落ち込んでいた喜代美に対して。
順ちゃんの名言
「学園祭は終わりやけど…。この学校では。この町ではずっとエーコの脇役やったかもしれへん。けど、あんたの人生の主役はあんたや。どーんと人生のど真ん中、歩いていったらええねん。主役になるいうのは、そういうことと違うんかな」※喜代美が同姓同名の子がクラスに転校してきて、あだ名がビー子になったことについて。
順ちゃんの名言
「あんたが和田喜代美なんも。この町に住むことになったんも。おんなじクラスに和田清海がおんなるんも。その和田清海がみんなのアイドルなんも。全部、隕石とおんなじや。天から降ってきた災い。天災や。そう思てあきらめなれ」※順ちゃんが友春と結婚するときに。
順ちゃんの名言
「一生懸命なアホほどやっかいなもんはない。でもな、一生懸命なアホほど、愛おしいもんはあらへん。私はそういう人間を好きになるみたいやな」※魚屋食堂でお父ちゃんに良いところ持っていかれたと落ち込む喜代美に対して。
「スポットライトにあたっているだけが主人公じゃない。人にライトをあてるのは素敵な仕事や」※エー子とのわだかまりが解消できず、悩んでいる喜代美に対して。
順ちゃんの名言
「人を傷つけているのはお互い様。だらだら生きていても、一生懸命生きていても、人と関わって生きている限り、誰かを傷つけているものだ」ドラマはまだ続くが、まだまだ順ちゃんの名言が登場するに違いない。しかし、これだけ的確な助言をできる親友をもっている喜代美は幸せ者である。残念なことに私の周りにこんな「助言の達人」はいない。まあ、草々いることはないだろうが・・・。(笑)
『ちりとちん』が底抜けに面白い
いま放送されているNHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)『ちりとてちん』が面白い。
最近は民放のテレビドラマをめっきり見なくなってしまったが、過去にドラマに関する本を何冊か編集および執筆した者としては、朝ドラと大河は最低でも見るようにしている。まあ、他にも話題性のあるドラマは押さえているつもりでいるのだが。
朝ドラはいつの頃か知らないが、4月スタートを東京製作、10月スタートを大阪製作とするようになった。しかし、90年代の大阪製作の朝ドラは製作能力が弱く、東京製作と大阪製作では視聴率にかなり差が生じた。このために90年代半ばより、東京からNHKのなかでも凄腕のプロデューサーを大阪に移動させるなどテコ入れを図った。そして、99年秋放送の『あすか』あたりから大阪製作の朝ドラが面白くなり、逆に東京製作の方が『ちゅらさん』(01年春)と『純情きらり』(06年春)を除いて面白くなくなってしまった。特に前回の『どんと晴れ』や『天花』(04年春)のように無惨な作品を東京が製作している。
で、『ちりとてちん』のどこが面白いかといえば、いまのところ全てが面白い。
ヒロインを演じる貫地谷しほりの演技力は表情豊かで、一見コメディアンヌそうなのだが一本芯の通った演技も堂にいっている。最近のヒロイン(藤山直美は除く)では抜群の演技力である。加えて、脇を締める小浜の家族や飲み屋の連中たちもいい。なかでも光っているは和久井映見と松尾貴史の二人である。和久井映見もいきなり18歳の母親とは可哀想な気もするが、彼女のすっとんきょな母親は笑わせられるばかりでなく、凄さを見せつけられる。松尾貴史は普段のアクの強いキャラクターを完全に殺して、落語好きの床屋さんを地味に演じながらもドラマをまとめている。他にも京本政樹のダメ男ぶりや、江波杏子のおばあさん、きまじめ美人の佐藤めぐみ、頼もしい友人役の宮嶋麻衣などが魅力的である。
そして、このドラマがもっとも面白い最大の理由は藤本有紀の脚本だ。私はこの藤本有紀という人をよく知らない。『二千年の恋』とか『花より男子』などの脚本を書いているのだが、私はこれらのドラマを観たことがなかった。なのでどうだかよく解らないが、彼女の描くストーリーがとても新鮮でならない。なかでも、和久井映見演じる母親が本来は宅配便で送るものを、そのまま割烹着姿で抱えて大阪まで来てしまうなどといったマンガチックなことを書いていたり、つっぱりの弟弟子が飼っていた九官鳥に落語の稽古をしていたことを解らせてしまうところなど、ドラマならでの面白さを脚本のあちらこちらに入れている。また、これは誰もが言うであろうが、落語を題材にした劇中劇も非常に面白い。
ドラマではこれからヒロインの貫地谷しほりが渡瀬恒彦演じる徒然亭草若に入門して、落語家の道を進んでいく。今後は大阪を舞台に展開していくだろうが、あのユニークな小浜の家族や友人2人たちの新たなる登場と活躍も期待している。
ちなみに、「ちりとてちん」とは上方落語の演目で、東京では「酢豆腐」と言う。
「純情きらり」は面白かった
連続テレビ小説(朝ドラ)「純情きらり」が面白かった。
朝ドラといえば以前は「女の一生」のような明治〜昭和の時代を生きた女性の喜びと悲しみを描いた作品が多かった。しかし、いつの頃からか現代女性をテーマした作品が多くなった。これは視聴率の低下に伴い、ターゲットを主婦層や高齢者層だけでなく、若者層を取り込もうとした表れと思われる。
こうしたこともあってか、以前は橋田壽賀子、内館牧子、ジェームス三木といったキャリア豊富な脚本家ばかりだったのが、1996年「ひまわり」の井上由美子を皮切りに、「天うらら」神山由美子、「あすか」鈴木聡と、そして「ちゅらさん」岡田惠和と気鋭の脚本家を起用するようになった。しかしながら、「ちゅらさん」を最後に残念ながら面白い作品に出会えなかった。なぜかといえば、その後の作品があまりにも現代風であり、作品に落ち着きがなくなってしまったからだ。また、ヒロインを演じる女優も「てるてる家族」の石原さとみを除いては親近感とオーラを感じえることができなかった。
こうした朝ドラの時代の流れをうけて登場したのが「純情きらり」だった。放送開始直後は主人公桜子の存在よりも長女・笛子、次女・桃子の存在が大きく、これは三姉妹物語(弟もいるが)かと思わされた。しかし、舞台がマロニエ荘に移ってからは桜子もそれを演じる宮崎あおいも俄然生き生きとしてきて、最終回まで少し慌ただしいながらも、普通の女性の短くも太い「女の一生」を見事に描いた。今年82歳になる私の母親は主人公の桜子より少し年代は下になるが、自分が生きてきたこと、つらかった戦時中のこと、自分が弾いていたピアノのことなどを思いながら、毎朝見ていた。と思う。おそらく私の母親と同じような女性が全国に何十万・何百万いたに違いない。
それではなぜ「純情きらり」が面白かったのだろうか。まず第一に、三姉妹の個性がはっきりしていたことだ。寺島しのぶが演じる長女・笛子はプライドが高く少し自分本位、井川遥が演じる次女・桃子はいつも淑やかで控えめ、そして桜子はお転婆ばながらも感性豊かと、見事に性格の違いがある。視聴者はこうした三姉妹の性格の違いを、自分にそして兄弟に姉妹に置き換えながら見ていたに違いない。
第二に、女性視聴者を虜にした桜子の相手たちの存在も大きい。福士誠治が演じた達彦、劇団ひとりが演じた斉藤先生、西島秀俊が演じた杉冬吾の三人である。桜子が好きになった男性はみんな優しく色男だ。それも爽やかな感じがする色男であり、この夏甲子園を湧かせた早稲田実業の斉藤投手を彷彿させる、女性が憧れる王子様のような男たちだ。男性の私からすれば、こんなに女性に都合のいい優しい男ばかりいるわけないと言いたいが、ドラマなのだから良しとするしかない。
第三に、私がこのドラマでもっとも嬉しかったのは「ちゅらさん」以来の私好みの脇役陣の活躍だ。ちょっとやり過ぎの感もあったが丁々発止してくれた戸田恵子と室井滋。地味ながらも山長を支えた塩見三省と徳井優、芸術家の悲哀を演じた相島一之と半海一晃、そしてドラマに隠し味的な異様さをうまく持ち込んでくれた池田鉄洋、村杉蝉之介、キムラ緑子などなど。このキャスティングはかなり小劇場演劇を知らないとできない布陣であり、見事なものであった。
そして、このドラマは優しさあふれる純愛ドラマであると同時に、悲しい歴史を二度と起してはならないという反戦ドラマであったことも特筆しなければならないだろう。なかでも、木村多江が演じた達彦の戦友の姉のセリフは最近のドラマのなかでは俊逸だった。
「許しません。許してしまったら弟が浮かばれないからです。この戦争を私は許さないことに決めたんです。この戦争が良いことだ、正しいことだ、戦う価値があるんだと弟を奮い立たせ、戦場に送り込んだ人たちのことも、それを止めなかった自分も許しません。ですから、あなたのことも許しません」
この言葉のもつ意味は大きい。それは戦争のもつ無意味さ、無機質さ、不気味さ、そして計り知れない悲しさなどを辛辣に表現しているからだ。これほど凄い反戦メッセージが入ったドラマを最近見たことがない。「私は貝になりたい」に匹敵する名セリフかもしれない。
「純情きらり」は面白かった。決してハラハラドキドキするドラマではなかったが、時の流れを大島ミチルのゆったりした優雅なメロディと共に感じることができた。そして、誰にでも輝いている「女の一生」があることを、浅野妙子は優しく再認識させてくれた。
NHKドラマと民放ドラマの違い
NHKドラマと民放ドラマの違いはなんだろう、と思う人は数多い。それを具体的に著述した本にも出会ったことがない。ならばということで、考えてみた。しかし、難しい。
1 企画&台本優先主義のNHKと、キャスティング至上主義の民放
NHKドラマは基本的に企画立案にはじまり、台本構成、そしてキャスティングという創作過程を行っていく。そのために、プロデューサーたちは常に多くの文献に目を通し、最新の舞台や映画などを見なくてはならない。
一方、民放ドラマは視聴率をとれる人気俳優を先に押さえておき、その役者に見合った企画と台本を制作していく。つまり役者(その所属プロダクション)に合わせた台本をプロデューサーが脚本家に依頼するという形をとっている。このためかどうしても、マンガや小説の原作のドラマが多くなっている。2 NHKドラマは舞台的であり、民放ドラマは映画的かも
NHKドラマは民放に比べてセットでの撮影が多い。これは台本が先に完成していて、セットをつくる余裕があるNHKに対して、民放は基本セット以外はすべてロケを多用してバリエーションを加えている。そのせいかNHKドラマは舞台の映像化的な色彩をもち、民放ドラマは映画的色彩をもっている。こうした風潮があるせいか、最近はNHKドラマの舞台化が大流行だ。一方民放ドラマは映画化が大流行だ。3 構造的な違いも他にもいっぱいある
【視聴者層】
NHKドラマは全国放送ということで、ターゲットを老若男女全体を対象としているために、時代劇を主体とした歴史ドラマが自然と多くなっている。
しかし、民放ドラマはスポンサー獲得のために、都市部のF1層を中心とした若者層ターケットにしている。このためにトレンディ・ドラマ(もはや死語か)というか現代ドラマを放送している。
つまり、NHKドラマは「時代の流れ」に重点をおくが、民放は「現代の風潮」(トレンド)を大事にする。こうなると、おのずから題材が違ってくる。
【編集】
NHKドラマは大河ドラマとテレビ小説を除いて、ほかのドラマはすべての撮影終了後に放送される。民放は台本完成が撮影2日前なんて当たり前で、言葉は悪いがやっつけ仕事状態が多い。その分、民放は卓越した編集技術を屈指する。
これはディレクターの資質にもよるが、民放はコマ割りが多くまたアップも多い気がする。詳しいデータなどがあるわけではないが、こうしたアップ映像が多いのはインパクトを与えるためと、制作日程が限られていて顔だけで芝居ができるという安易な考えがあるからかもしれない。
【CM】
民放ドラマにはもちろんCMがある。実質45〜47分の間に2回か3回のCMが入ることを考慮して台本を書くようになる。そして、民放ドラマは視聴率が悪いと1クール(10話から12話)が容赦なく短縮されて打ち切られる。このように多くの違いが最終的には映像となって表れてくる。私は子供の頃からNHKも民放も関係なく好きなドラマを見てきた。しかし、最近は民放ドラマを見る機会が以前に比べて減った。それは何故なのだろうか。ただ単に歳をとっただけなのだろうか。
『のだめカンタービレ』が一番!だった
「のだめカンタービレ」は文句なしに2006年のドラマ・オブ・ザ・イヤー(関係ないがスポーツ・オブ・ザ・イヤーは王ジャパンのWBC優勝!)だ。このところ低迷が続いていたフジテレビ月曜9時枠「ゲツク」のイメージを大きく変えたばかりでなく、ドラマ全体の救世主のような存在の番組だった。そして、間違いなくテレビドラマ史に名を残す作品となった。
『のだめ』は決してドラマチックな名作ではない。しかし、記憶に残るマンガチックな名作である。「ゲツク」には90年代に『東京ラブストーリー』(91年)『あすなろ白書』(93年)『ロングバケーション』(96年)といった時代をリードする恋愛ドラマの名作がいくつも生まれた。ところが、21世紀になってからは低迷して、これといった作品は誕生しなかった。こうしたなかで、恋愛ドラマではないこそ『のだめ』は過去の名作と肩を並べるかそれ以上のインパクトを視聴者に与えた。
(※「東ラブ」も「あすなろ」もマンガ原作だが、ドラマはマンガとはかなりテイストが違っていた。)『のだめ』はマンガ原作でドラマとしてのオリジナリティがないと、指摘する人が少なくない(私もそう思うことはある)。しかし、映画にしろドラマにしろ、小説やマンガを原作にした名作は数限りなくある。このことを恥たり僻んだりしても何の意味ももたない。逆に『のだめ』ほど原作を忠実に見事にドラマ化した作品はこれまでになく、そちらの方が賞賛に値する。
マンガのコマ割りとテレビのコマ割りは似ているかもしれないが、マンガ原作の9巻レッスン52(話)を、原作を壊さず見事に系統建てたストーリーに組み立てたことは脚本家およびプロデューサーの力によるところが多い(これぐらいできなければ脚本家ではない、という意見もあるが)。そして、マンガでは表れない演奏会やコンクールのディテールを音楽の服部隆之氏や監修の茂木大輔氏がフォローしているのが作品をグレードアップした。もし、こうしたクラシック関係者のサポートがなければ、映像的にも陳腐なものなっていた可能性が高い。
視聴者がこの作品にハマった最大の理由はやはりキャスティングであろう。なかでも千秋先輩を演じた玉木宏の俊逸した演技は特筆するものがあった。マンガでは簡単に書き替えられる喜怒哀楽の表情やセリフの急激な転換を、早口ながらも滑舌よく話していたのには驚かざるをえなかった。『功名が辻』での山内康豊役はあまり冴えないのに、玉木先輩では生き生きしている。時代劇よりは現代劇向きの役者なのかもしれない。それとも玉木先輩が乗り移ってしまったのだろうか。
ヒロインのだめを演じた上野樹理も見事だった。大川の土手で千秋先輩(玉木宏)にハグされたときの表情はできるようでできるものではない。彼女の顔には暖かさが滲み出ていた。ただ、彼女は出世作の『スゥイングガールズ』をはじめこれまで似たような役柄が多いので、今後の女優業にこの役のイメージがつきまとうと面倒なことになる。
その他の出演者たちも演技うんぬんはともかく青春していた。先日も書いたが「純粋で計算のない個性」を出演者一体となって楽しんでいる演技は好感がもてた。また、竹中直人、西村雅彦、豊原功補をはじめとした大人の俳優陣も、変に目立つことなく若い出演者たちを引き立てるべく脇をひきしめていた。
『のだめ』のテーマというか熱いオマージュはクラシック音楽と思われがちだが、「さあ、楽しい音楽の時間です」というセリフに表されているように、クラシックだけでなくあらゆる音楽を敬んでいる。音楽とは文字通り、音を楽しむものである。私も「音を聞く楽しみ」だけでなく、久しぶりに「音を奏でる楽しみ」をしようかと思っている。