クラシック音楽鑑賞記録(2007年2月〜5月

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2007/05/20(日) ミューザ川崎 ハンブルク北ドイツ放送交響楽団

2007/05/11(金) NHKホール NHK交響楽団 ドヴォルザーク『スラヴ舞曲』

2007/05/04(金) 東京文化会館 N響★カンタービレコンサート

2007/04/26(木) サンフランシスコ サンフランシスコ交響楽団 ファウストのごう罰

2007/04/19(木) 東京文化会館 コバケン&NHK交響楽団 東京文化会館4月公演

2007/04/07(土) 東京文化会館 オビエド・フィラルモニア

2007/03/15(木) サントリーホール NHK交響楽団 ムソルグスキー展覧会の絵

2007/02/16(金) NHKホール NHK交響楽団 チャイコフスキー交響曲第5番

2007/02/15(木) ミューザ川崎 フィンランド放送交響楽団 シベリウス交響曲第2番


CONTENTS

ハンブルク北ドイツ放送交響楽団


昨日、ハンブルク北ドイツ放送交響楽団のコンサートに行ってきました。指揮は私が好きなクリーブランド管弦楽団で1984年から2002年まで音楽監督を務めたクリストフ・フォン・ドホナーニ。ヴァイオリンは日本のお宝・諏訪内晶子。そして、会場は2月にフィンランド管弦楽団の素晴らしいコンサートを聴かせてくれたミューザ川崎シンフォニーホール。

日時:5月20日(日)14:00〜16:20
場所:ミューザ川崎シンフォニーホール
ヴァイオリン:諏訪内晶子
指揮:クリストフ・フォン・ドホナーニ
演奏:ハンブルク北ドイツ放送交響楽団

演目(※はアンコール曲)
ウェーバー:歌劇『魔弾の射手』序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調
※バッハ『無伴奏のヴァイオリンソナタ』第3番ラルゴ
 〜休憩〜
チャイコフスキー:交響曲第6番『悲愴』ロ短調
※ドヴォルザーク『スラヴ舞曲』第10番

結論を先に書くか後にするか、ちょっと迷ってしまうが、え〜い、書いてしまおう。(笑)文句なしに楽しめました。楽しんだというより堪能してきました。体感してきました。クリストフ・フォン・ドホナーニは頭髪の後ろがやや薄くなったものの、背筋をピンと伸した指揮ぶりはとても御年77歳とは思えない。また、約10年ぶりにお目にかかった諏訪内晶子も「まだ20代ですよ」とウソをついても全く平気な美貌を維持している。まだまだ若々しい2人でなによりです。

オケの編成は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に置き、第2ヴァイオリンの横にヴィオラを、ほぼセンターにチェロを、下手(左手)側奥にコントラバスを配置している。この布陣は昨年のN響でのサンティ指揮以来だが、この配置は木管や金管を際だたさせてくれて、私はお気に入りである。加えて、今回の私の席は諏訪内見たさもあって、ステージ横の上手(右手)側2階席だったので、コントラバスとほぼ対峙する形になりこの上なかっった。

さて、演奏であるがまずはウォーミングアップ代わりの『魔弾の射手』序曲と思っていたら、ドホナーニは手を抜きません。いきなり私がクリーブランド管弦楽団を好きになった重厚にして明るいサウンドが飛んできました。そして、クラリネットのお兄さんがこれまたいきなりトップギア。透きとおったクラリネットの音色は本当に久しぶり。このお兄さん、間違いなくソリストとして食べていけると思います。

次は本日のお目当て、諏訪内晶子の登場です。ウグイス色の綺麗なドレスで登場です。パチパチ。で、演奏に入る前に余談を。今回、私は諏訪内晶子とドホナーニのツーショット目当てのために前述のようにステージ横2階上手(右手)側の席を取ったのだが、やはり私の周りには同じような人がいて、追っかけのようなオジサンが何人かいました。また、1階席中央列前方5列下手側はもうオジサンばかりでちょっと異様でした。みなさん、彼女と同じ空気を吸っているんだと体感したいようでした。(笑)

で、演奏です。諏訪内晶子は子供の頃から、このメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(メンコン)を何百回、何千回と演奏してきたに違いないが、ドホナーニ同様に手を抜きません。プロです。当たり前の話ですが、本当にプロです。彼女が奏でる1714年製作のストラディヴァリウス「ドルフィン」の音色は気品に満ちています。気高いです。音色にオーラがオブラートされています。特に高音の音色の美しさは驚嘆ものです。また、低音も年齢を重ねたせいか、その響きには厚みが出ていたような気がしました。

そして、昨日最大の拾い物は彼女のアンコール曲。彼女一人が奏でるバッハの無伴奏ソナタの間、ミューザ川崎のホール内は物音ひとつしません。シーンと静まりかえった空間のなかで「ドルフィン」が会場のなかをゆっくりサラウンドしていきます。凄いなあ、と思いつつ私の涙腺はゆるんでいました。もう、これだけで今日は来たかいがあったと思わざるをえない至福の3分余りの演奏でした。諏訪内晶子はやはり日本のお宝です。

休憩時間を挟んで、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』。チャイコフスキー最後の交響曲にして最高傑作の呼び声の高い作品です。メンコンのときは諏訪内晶子を引き足させるためにオケを少し抑制させていたドホナーニも今回は全開です。第1楽章からメリハリを効かせたサウンドを指揮します。そんななかで、ドホナーには木管のクラリネットとファゴットの独奏部分をさりげなく押し出し、トロンボーンとトランペットのハーモニーで全体を引き立てます。なぜか私の掌には汗がでてきます。え〜、手に汗をかいたコンサートなんて。初めてです。そして、この曲のハイライトともいうべき第3楽章では、弦はドイツ気質らしく一糸乱れることなく、また決して派手になることなく誇り高く音を奏でていきます。いつの間にか私の掌にはハンカチがあり、手の汗は止まることがありません。しかし、そんことに関係なく演奏は黙々と続いていきます。そして、第4楽章の最後の最後。ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバス、そしてチェロと徐々にフェイドアウトしていくときは、もう手の汗のどころか、鳥肌ならぬ腕からも汗がでてきそうな感じでした。身震いするオケという体験はこれまでに何回かありましたが、汗が止まらないオケなんて本当に初めてです。いや〜、凄かった〜〜〜。

ドホナーニの武骨さ、ゲルマン魂恐るべしを体感したコンサートでした。ブ、ブ、ブラボ〜〜〜〜!

ミューザ川崎は最高のホールです。川崎市にはもったいないです。(笑)こんな立派なホールが平日はほとんど使われていないなんてもったいない。でも、こんな素晴らしいホールを作ってくれたことに対して川崎市に敬意を表します。

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NHK交響楽団 ドヴォルザーク『スラヴ舞曲』

昨日(11日)NHKホールでのN響第1594回定期公演に行ってきました。演目は私の好きなブラームスのピアノ協奏曲と、今回初めて聴くドヴォルザークのスラヴ舞曲。指揮はローレンス・フォスター。ピアノはルドルフ・ブフビンダー。

演目
ブラームス/ピアノ協奏曲第1番ニ短調
ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第1集

初めてです。NHKホール2階センター前方席。チケット発売日に苦労したかいがありました。(笑)とにかく舞台が一望に見渡せる。でも、ちと遠いなあ。サントリーホールの2階席の方が近い感じがする。あとは音響だけと期待しながら、コンサートに入りました。

ブラームスのピアノ協奏曲第1楽章。静かな出だしだったが、いきなりピアノのルドルフ・ブフビンダーは赤鬼の形相になり暴走気味。指揮のローレンス・フォスターが必死に抑えようとするが、ブフビンダーは我関せずといった感じで、正直こんな凡庸なピアニストだったのとかなとがっかりして第1楽章は終わってしまった。ところが、この赤鬼オジサンは一枚上手だった。

第2楽章はアダージョ。彼のピアノはまるですすり泣くようなメロディを華麗に奏でるのである。おいおい、眠くなるじゃないか。実際、左隣のオバサンはウトウトしはじめる。右隣のオジサンは、ああ完全に眠っている。すご腕です、この赤鬼ピアニスト。完全に観客を眠らせ、自分の世界をNHKホールに築いてしまった。そして、この曲のハイライトともいうべき第3楽章はもう独壇場。彼のピアノはドイツ浪漫主義はオレが奏でるぜという感じで、まるでブラームスが乗り移ったかのように、濃厚でいて力強く奏でていった。天国にいて毎夜世界各地で演奏されている自分の曲を聴いているであろうブラームスも、この夜の赤鬼ブフビンダーに「ルドルフ、おぬし、やるじゃないか」と言っていたに違いない。

赤鬼オジサンの名演奏でちょっと気分の乗った私はロビーでビールを1杯(500円)飲んでから、『スラヴ舞曲 第1集』を聴くことにした。この曲はブラームスの『ハンガリー舞曲集』をモデルにして書かれたものだが、ブラームスは他文化の音楽をエキゾチックに書いたの対して、ドヴォルザークは自文化の音楽を逆にエキゾチックに描いたそうで、全部で第16曲あるが、今回はその第一集の1番から8番が演奏される。

舞曲なので、どの曲もメロディはテンポよく快活である。指揮のフォスターは観客というより目に見えない踊り手を意識するかのような演奏をオケに求めている。いいです、この姿勢。本来ならば、1〜2曲でもいいからボヘミアの民族衣装をつけた踊り手が登場してくれたら最高でした。ということで、楽しいメロディが続くなかで、あっという間に40分の演奏は終わってしまいました。あっけなかった〜〜〜。(笑)

この演奏中、私がもっとも注目したのはN響の打楽器陣。ティンパニー、大太鼓、シンバル、トライアングルの4人集が本当にうまいと感心させらた。『のだめ』の真澄ちゃんでちょっと注目されたティンパニーだが、N響のティンパニーは出るところは出て、抑えるところは抑えている。昨日の演奏でも、この間のコバケンの『幻想交響曲』でも打楽器陣は指揮者から大きな指示をされるとこともなく、縁の下の力持ちぶりを発揮していた。

「N響は弦ですよ、弦ですよ、と言われるかもしれないけど〜。あなた、打にも注目してみてちょうだいよ」(by 真澄ちゃん)

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N響★カンタービレコンサート

昨日(4日)東京文化会館での『N響★カンタービレコンサート』に行ってきました。会場はいつものシニア層が目立つN響定期公演とは違って、子供からカップルまでいろいろな人がきていてとても賑やかでした。しかし、演奏が始まるとみんな一生懸命(緊張していたのかも)に演奏に聴きいっていて、とても楽しいコンサートで、終演後のコンマス堀正文の清々しい笑顔が印象に残りました。

5月4日 15:00〜17:05
場所:東京文化会館
指揮:渡邊一正
オーボエ:茂木大輔
ヴァイオリン:大宮臨太郎
ピアノ:河内仁志
管弦楽:NHK交響楽団 
司会:八塩圭子

演目(※はアンコール曲)
ロッシーニ/ウィリアムテル序曲
モーツァルト/オーボエ協奏曲ハ長調より第1楽章
ベートーヴェン/ヴァイオリンソナタ第5番「春」より第1楽章
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番より第1楽章
ベートーヴェン/交響曲第7番
※ブラームス/ハンガリー舞曲第1番

前回は母親という老女と一緒にN響を聴きに東京文化会館に行ったが、今回は中学時代のオールド・ガールフレンドという熟女と一緒に聴きに行った。彼女には昨年の入院中に世話になったので、そのお礼を兼ねて30余年ぶりにデートしてきました。(笑)彼女も『のだめ』を読破していて、ドラマも観ていたので、とても楽しみにしていた様子だった。

さて、本題のコンサートだが、司会者がいるコンサートなんて何年ぶりだろう。普段は淡々と演奏を聴くだけのN響だが、今回のように簡単なトークを入れて、少し親しみやすいコンサートもいいものだ。定期演奏会でもたまに取り入れたらどうだろうか。司会の八塩圭子も無難に進行を進めていたし、茂木大輔という千両役者もいるので話もなかなか楽しかった。

コンサートはまず『ウィリアムテル序曲』から始まったが、これはいわゆるツカミで、これで観客を引き込ませるのだが、これが個人的に非常に良かった。というのも池田昭子のイングリッシュホルンとフルート(誰だったの?中野富雄?)の掛け合いの音色が心地よく、私などはもうここで今日は来たかいがあったと思ってしまったほどツカまされてしまった。(笑)

次はもぎぎこと茂木大輔の『ピンクのモーツァルト』でなく『オーボエ協奏曲』。これは本当に素晴らしかった。オーボエ特有の繊細でいてしなやかな音色が広い文化会館に綺麗に響き渡っていた。さすが個人商店・茂木大輔の面目躍如たる演奏で、一緒に行ったオールド・ガールフレンドも「オーボエって女性をちょっと虜にしそうな楽器ね」と意味深なことを言っていた。

そして、次に登場したのがN響次席ヴァイオリニストの大宮臨太郎。普段はコンマスの隣で若いながらも余裕綽々と演奏しているのだが、今回はさすがに緊張していたのか、演奏にゆとりがなかった。ピアノ伴奏をした指揮の渡邊一正の方が逆に際立ってしまい、それはあんまりでしょ、という感じだった。

前半の最後は『のだめ』ファンにはたまらないラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』。演奏は昨年の日本音楽コンクールピアノ部門第1位に輝いた河内仁志。今春、京都市立芸術大学を卒業したばかりのまだまだ初々しい若手。しかし、そんな彼がラフマニノフの名曲をいとも簡単にといったら失礼かもしれないが、まるで指を自由自在に動かしながら、ラフマニノフの甘美な音色をピアノから奏でるのである。特に高音の右手中指、薬指そして小指の鍵盤のたたき方は、たたいているというより指が吸い込まれていくようなしなやかさ。これまでにラフマニノフのピアノ協奏曲は有名女性ピアニストや、アシュケナージのCDでイヤというほど聴いているが、彼の演奏はそれ以上に甘美にして耽美だ。第1楽章だけの演奏なんてもったいない。第2、第3楽章も聴きたかった。会場にいた人ならば誰もがそう思ったに違いない。

休憩後は本日のハイライトであるベートーヴェンの『交響曲第7番』である。第1楽章は指揮者の渡邊一正が少し気負いすぎていたのか、どことなく落ち着きのない演奏だったが、第2楽章の始まりからは凄かった。ちょんまげ木越洋率いるチョロ軍団と、もじゃもじゃ店村眞積率いるヴィオラ軍団が荘厳にして優雅なベートーヴェンの低音の魅力を弾き出して、一気にベト7の世界になだれ込んでいった。先日の定期演奏会のときの『チャイコフスキー第5番』でもそうだったが、あの低音部の魅力を発揮できるオケは日本にはないと思うし、世界的にもトップレベルにあると思う。私がN響を支持する最大の理由はこれなのかもしれない。

そして、第3楽章から第4楽章にかけては弦も管も打も一体となって、会場全体が息を飲み込みような迫力で観客を圧倒させていった。N響ならではのここぞという団結力が見事に演奏に現れていた。先日のコバケンのN響公演は遊びがなくて残念だったが、昨日の演奏は遊び心というか、初心忘れざるべからずという気持ちで演奏しているようで、どことなく若々しいN響の演奏を聴いたような気がした。冒頭にも書いたが終演後のコンマス堀正文の笑顔がとても清々しかった。

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サンフランシスコ交響楽団 ファウストのごう罰

4月26日、サンフランシスコ交響楽団によるベルリオーズの「ファウストのごう罰」を聴いてきました。指揮はN響の前音楽監督のシャルル・デュトワ。

4月26日 20:00〜22:10
場所:Davies Symphony Hall
演目:ベルリオーズ: 劇的物語「ファウストのごう罰」

メゾ・ソプラノ/マルグリット:ルクサンドラ・ドノーゼ
テノール/ファウスト:グレゴリー・クンデ
バス・バリトン/メフィストフェレス:サー・ウィラード・ホワイト
合唱:サンフランシスコ交響楽団合唱団
   サンフランシスコ少女合唱団
   パシフィック少年合唱団

会場のDavies Symphony Hallはシビック・センター(市庁舎)の前にあるホールで、創立は1980年で1992年に改装している。最初に劇場に入った感想は、すごい綺麗。その作りはサントリーホールのようなヴィンヤード形式。ただ、少しコンパクトな感じで天井から30枚以上の反響板が舞台上に吊るされている。

ただ、このホールかなりの問題点があると、開演の前に悟ってしまった。音が通りにくいのである。客席や通路、壁などにあまりにも絨毯生地を使いすぎていて、音が沈んでしまうのである。私は2階席の一番前という大特等席にいたにもかかわらず、音が澄んで伝わってこないのである。サントリーホール、東京文化会館、NHKホールの2階席ではこんなことは絶対にない。特に弦楽器の低音の響きがまったく伝わらない。逆に管楽器の特にトランペットの音が物凄く綺麗に聞こえる。これまでにアメリカの数多くのホールへ行ったが、ここはおすすめできるホールではない。

さて、演目の「ファウストのごう罰」はシャルル・デュトワの十八番である。彼が1987年にN響デビューした作品であり、昨年も定期演奏会で公演している。そして、独唱3人のうちのルクサンドラ・ドノーゼとサー・ウィラード・ホワイトの二人は昨年の公演でも一緒している。ファウストを歌ったグレゴリー・クンデも日本に何度か来ている実力派テノールで、この3人の歌声は感情表現から歌唱力までなにもかもが素晴らしい。デュトワとも気心が知れているようであり、彼が信頼を寄せているのがよくわかる。

で、肝心のオーケストラだが、その実力はアメリカの5大オーケストラ(ニューヨーク、シカゴ、ボストン、フィラデルフィア、クリーブランド)には残念ながら遠く及ばない。ヴァイオリンの音色にはばらつきがあり、木管楽器の音色もホールのせいかもしれないが、その柔らかさが全く伝わってこない。これが小沢征爾(1970年〜1977年)やヘルベルト・ヘルベルト・ブロムシュテット(1985年〜1995年)が歴代音楽監督をしていたオケとはとても思えなかった。

デュトワがこのようなオケを苦心しながら、まとめ上げて演奏をするものの、それをカバーしたのは3人の独唱者と合唱団のおかげ以外のなにものでもない。それでなくとも、この「ファウストのごう罰」は多分に宗教色の強い作品であり、それを熟知している人たちの歌声には説得力がある。特に最後に少年&少女合唱団が加わる<天国>の部分では、まさに教会の聖歌隊という感じがして、少々興ざめをしながらも、ベルリオーズが一番表現したいと思ったところをデュトワは無難にまとめていった。ただ、それは教会のステンドグラスのような輝きではなく、どちらからというとガラス細工のようなもろさのようにも聞こえた。

とにかくいろいろと問題点の多い公演でしたが、3人の独唱だけは文句のつけようがありません。この3人とデュトワが一緒になっていつに日か日本で公演することを望みたい。

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コバケン&NHK交響楽団 東京文化会館4月公演

昨日(19日)N響の東京文化会館公演に行ってきました。演目はバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番と、ベルリオーズの『幻想交響曲』。指揮は小林研一郎。ヴァイオリンは竹澤恭子。

東京文化会館でN響を聴くのは初めて。加えて、今回は83歳になる母親と一緒に聴きに行った。これまた初めて。母は以前は友人らとサントリーホールなどに出かけていた。しかし、最近はさすがに出不精になっていたのだが、私がこのところ頻繁にコンサートに出かけるので、自分も行きたくて仕方がなかったようだ。

今回のお目当てはもちろんコバケンこと小林研一郎の『幻想交響曲』である。しかし、その前の竹澤恭子によるバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番も、一度も聴いたことがない曲なのだが、『青ひげ公の城』や『中国の不思議な役人』などバルトーク音楽が好きな私は密かな期待をしていた。

まず最初に言いたいのは竹澤恭子は写真の1.5倍迫力がある。(笑)そして、彼女が奏でるストラディヴァリウスの音色はダイナミックで躍動感に満ちている。目をつぶってその音色を聞けばとても女性が弾いているとは思えない。それにしても、初めて聴いたバルトークのこの曲はむちゃくちゃに難しい。母などは「半音の半音、そのまた半音を弾いているようで、この曲はピアノじゃむりね」と言っていた。プログラムにも第二楽章では「嬰ニー嬰へー嬰イー嬰ハと変形して用い、出てくるたびに変容していく」と書いてあり、かなりのテクニシャンでないと弾けないであろう。そんな難しい曲を竹澤恭子はなんなく弾きこなし、言葉は悪いが力業で観客をねじふせてしまうのだから、大したヴァイオリニストだと思う。

そして、『幻想交響曲』である。炎のコバケンの十八番らしく指揮台には譜面台がない。彼はこれまでにこの曲をハンガリー国立響、日本フィル、チェコフィルなどで指揮をしてきて高い評価を得ている。N響でも以前タクトを振ったことがあるようだ。私もこの曲はフィラデルフィア、ニューヨークフィル、クリーブランド、そして日本フィルで聴いたことがある。そんな曲をN響がどう演奏するかめちゃくちゃに楽しみにしていた。

結論からいえば、可もなく不可もなくという演奏だった。ちょっとお上品というかまとまりすぎの演奏だった。『幻想交響曲』最大の効かせどころの第3楽章のイングリッシュホルンやハープの音色は綺麗なことは綺麗なのだが誘惑感がない。もっと艶っぽくてもいいはずである。また、第5楽章ではコバケンはチェロやコントラバスの低音を力強く響かせるのだが、木管&金管が呼応していない。また、ティンパニーや太鼓は非常にがんばっているのに、肝心要の鐘の音が少しおかしかった。こうしたズレもありN響ならではの一致団結した力強さにも欠けていた。

N響の演奏は世界的レベルにあることは間違いない。しかし、時にはもう少し遊びというかハチャメチャさが欲しい。それをコバケンに期待していたのだが・・・。コバケンには是非ともリターンマッチしてもらいたい。で、一緒にいった母の感想は「あ〜、疲れた。こんな難しい曲二曲を2日続けて演奏するのだから、オケも大変ね」でした。

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オビエド・フィラルモニア

昨日、まだ桜の花びらが舞っている上野公園の東京文化会館でオビエド・フィラルモニアの公演に行ってきました。演目はすべてスペイン・プロでマヌエル・デ・ファリャとパブロ・デ・サラサーテの作品ばかりで、指揮はフリードリッヒ・ハイダー。

演目
ファリャ:歌劇『はかない人生より』間奏曲と舞曲
ファリャ:『スペインのスペインの7つの民謡』
 以上[バリトン]イヴァン・パレイ
サラサーテ:『バスク奇想曲』
サラサーテ:『ハバネラ』
サラサーテ:『ツィゴイネルワイゼン』
サラサーテ:『カルメン幻想曲』
 以上[ヴァイオリン]イワン・ポチョーキン
ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』

オビエドはスペイン北部の都市の名前で、世界遺産にも指定されている歴史地区とアストゥリアス王国の建造物群教会群がある古都。このオビエド・フィラルモニアに1999年に創設されたという新しいオーケストラ。なぜこんなオケを聞きいったかというと、公演プログラムのなかに『ツィゴイネルワイゼン』と『カルメン幻想曲』があったからである。『ツィゴイネルワイゼン』は私がはじめて芝居制作を手がけた『聖ミカエラ学園漂流記』という芝居のなかで重要な音楽として使われていて、かなり思い出深い曲なのである。また『カルメン幻想曲』もある芝居制作のときにめちゃくちゃに参考にした映画『カルメン』で使われていて、これも思い出深い曲なのだ。

さて、今回の収穫はなんと言っても、ヴァイオリンのイワン・ポチョーキンだ。まだ弱冠19才。しかし、その風貌はまったく10代には見えないのだが、パガニーニ国際コンクールのヴァイオリン部門優勝の看板に偽りなしだった。彼は1987年にモスクワの音楽一家に生まれ、15歳でA・レヴァン指揮によるプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番で演奏家としてデビュー。そして、17歳でバガニーニ国際コンクール優勝。現在はケルン音楽大学とモスクワ・チャイコフスキー音楽院に在籍中の学生なのである。

この人の演奏はなにがいいと言えば、高音のノビや低音への変換などテクニックはもちろん凄いのだが、なんといってもヴァイオリンの音の幅広さを十分に引きだしている滑らかな音色がいい。私はまだ聞いたことがないけれど、同じコンクール優勝の先輩・庄司紗矢香も真っ青かもしれない。

とにかく、彼の演奏するヴァイオリンの音色は、不思議なことに楽器から奏でられている感じでなく、彼の体全体から奏でられているように伝わってくるのだ。オーバーな表現かもしれないが、ヴァイオリニストがヴァイオリンを奏でながら、自身がヴァイオリンになっているという感じなのである。そしてその音は常に真正面を向いている。その昔、小劇場で流行った正面切りという観客に向ってセリフを喋る姿勢のように正対した真正直な音色が観客にしなやかに響いてくるのだ。そして、最後には指揮者やオケは単なる舞台背景という存在にしか見えなかったほど正々堂々と観客を虜にする。凄い新人が現れたのではないだろうか。今度はぜひともN響や東フィルなどといった日本のオーケストラと共演してもらいたい。

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NHK交響楽団 ムソルグスキー展覧会の絵

昨日(15日)寒風吹くなか、サントリーホールでの「N響ロマンティック・コンサート」公演に行ってきました。演目はバンドネオン奏者小松亮太によるバンドネオン協奏曲などと、ムソルグスキー組曲「展覧会の絵」。指揮は広上淳一。

演目(※はアンコール曲)
小松亮太『夢幻鉄道〜Loco-Motion-Loco』
ピアソラ/小松亮太編曲『リベルタンゴ』
ピアソラ『バンドネオン協奏曲』
ムソルグスキー/ラヴェル編曲:組曲『展覧会の絵』
※ボロディ『弦楽四重奏2番』より「ノクターン」

久しぶりのサントリーホールでのN響。サントリーホールの定期公演はすぐにチケットが売切れてしまうのでなかなか行くことができない。そのサントリーホールも1986年の開館以来20年になり、4月2日から8月末まで5ヶ月間はメンテナンスのために休館して、全館改修を行う。ということで、これがおそらく古いサントリーホールを訪れる最後の機会になると思う。

小松亮太は日本最高のバンドネオン奏者である。これまでに多くのミュージシャン、オーケストラと共演していて、N響とも2002年7月に初共演してる。今回はそれ以来のようで、初めは少々緊張していたせいか自身が作曲した『夢幻鉄道』は演奏にバンドネオン特有のしなやかなノビがなかった。しかし、『リベルタンゴ』になると、少しリラックスしたのかもしれないが、バンドネオンならではの哀愁に満ちた物悲しい響きがホール全体に漂うになった。さすがに名曲。思わずうなってしまうような名演奏だった。そして、最後の『バンドネオン協奏曲』はN響の弦楽器のメンバーが見事なサポートをして、バンドネオンの魅力をいかんなく聴かせてくれた。

さて、メインの『展覧会の絵』である。実はをこの曲を生オケで聴くのは今回が初めて。今回聴いてみて、「この曲は難しいなあ」、「大変だなあ」と思わざるをえなかった。冒頭から始まるあのメロディをうまく演奏できる金管楽器奏者たちと、曲全体の隠し味となる打楽器がうまく奏でられる奏者がいなくては成立しない。プロオケなんだから、誰でもできるだろうと思うかもしれないが、一人でもソロパートを失敗すると曲全体がガタガタになってしまう。弦楽器の一体感や音量で勝負はできない、ガラス細工のような曲という感じなのである。

そんな難題な曲を指揮する広上淳一は「小さな巨人」だった。おそらく彼は100人以上の大編成のオーケストラのなかで一番身長が低い。失礼だが身長は150センチもないと思う。なんたって、指揮台が普通の指揮者の倍の高さになっているのだ。ところがこの小さい人がいったんタクトを振ると巨人になるのである。それもかなりユニークな巨人だ。ある時はまるでタコおやじが酔っぱらっているかのようであり、ある時は子供が駄々をこねているのかのようにすねていたり、ある時は騎手が馬のたずなを引いているかのようであり、指揮の表現が非常にダイレクトなのである。決して優雅とかしなやかといった抽象的な表現が似合わないのである。指揮台の上で、変幻自在にいろんな人間を演じながら、オーケストラを操っているのである。演奏当初はあやつり人形のように見えた広上淳一がどんどん大きくなって最後にはこの人が人形使いなのだということがよくわかった。「小さな巨人」のあやつり人形師・広上淳一の『展覧会の絵』。お見事でした。パチパチパチパチ。

サントリーホールの定期公演では常に完売のN響も今日は空席が目立った。演目が本格的クラシックで親しみがなかったからかもしれないが、こうした肩に力の入らないN響も悪くない。その演奏のなかで一番気になったのが、コンマスの横にいる次席奏者の大宮臨太郎。その演奏する姿は一時の貴公子か若殿様風ではなく、俄然余裕と風格がそなわってきた。この人のバイオリンソロを一度聴いてみたい。

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NHK交響楽団 チャイコフスキー交響曲第5番

あまりにもクラシック音楽のことばかり書いているので、書こうか書くまいか少し迷ったが、芸術には記録と評論(感想)が必要不可欠だと常日頃から勝手に思っているので、やはり書いておくことにする。

先週の金曜日(16日)にN響の定期公演に行ってきました。演目はチャイコフスキー交響曲第2番(小ロシア)と第5番。お目当ては後者である。「チャイ5」は私のお気に入り曲のひとつであり、昨年11月のネルロ・サンティ指揮によるN響の演奏が素晴らしかったので、再度その感傷に耽りたいと思っていたので楽しみにしていた。

今回の指揮はN響の音楽監督のウラディーミル・アシュケナージ。彼はロシア生まれのロシア育ち。加えてピアニストとしてチャイコフスキー国際コンクールで優勝している。チャイコフスキーを熟知している人である。ところがである。最初の第2番(小ロシア)では指揮中に譜面を神経質にめくりかえし、指揮棒の振りも自信なげで、終止オケに助けられながら演奏はなんとなく終わってしまった。これまで、彼の指揮を何度も見ているが、こんなオドオドした指揮を見たのは初めて。もちろん演奏は可もなく不可もなく味気のないものであった。

そして、お目当ての第5番である。今度は譜面台がない。当然といえば当然だろう。そして、アシュケナージは水を得た魚のようにのびのびと指揮を始めた。体全体でオケを指揮している。指揮棒はもちろんのこと、左手、左肩、右肩そして顔に、胸に、腰とありとあらゆる部分がオケのあちこちをベクトルしている。バーンスタイン(彼も名ピアニストだった)を思い出してしまった。バーンスタインはこの曲で飛んだり跳ねたり踊ったりしていたが、アシュケナージも似ている。まるでワルツを踊ったり、タンゴを踊ったり、ブレイクダンスを踊ったりするかのような指揮でオーケストラ全体を自分の世界に導いていった。お見事であった。ネルロ・サンティによる指揮のときと劣るとも勝るともない名演奏だった。

ただ、前日のフィンランド放送交響楽団の演奏があまりにも素晴らしかったので、それを引きづってしまい、今回のN響の演奏は私にはインパクトに欠けた。オーケストラを連チャンしてはいけないという教訓を得たような気分である。しかしながら、自分が“時代の流れ”のなかで生きているなという実感をした。この“時代の流れ”については後日書きたいと思っている。

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フィンランド放送交響楽団 シベリウス交響曲第2番

ミューザ川崎でのフィンランド放送交響楽団(指揮:サカリ・オラモ)のコンサートに行ってきた。今年初のクラシック・コンサートでしたが、いきなり今年のザ・ベストに出会ったかもしれないというほどの感動を覚えました。

演目(※はアンコール曲)
ブラームス『悲劇的序曲』
チャイコフスキー『ロココ風の主題による変奏曲』
(フリューゲルホルン:セルゲイ・ナカリャコフ)
※バッハ『G線上のアリア』

シベリウス『交響曲第2番』
※グリーグ『ペールギュント組曲の朝』
※シベリウス『悲しいワルツ』

シベリウスはベートーベン、ブラームス、チャイコフスキーらと並んでお気に入りの作曲家のひとりです。CDは何枚も持っていますが、生で演奏を聞いたのは80年代半ばにワシントンでのナショナル交響楽団と数年前のN響だけで、どちらも演目は『交響曲第5番』だった。

今回のコンサートへいくキッカケは1月の『N響アワー』(NHK教育)で「北欧音楽の魅力」という特集だった。このなかでフィンランドの第二の国歌とも言われる『フィンランディア』と『カレリア組曲』の「第3曲行進曲風に」(共にシベリウス作曲)が紹介された。またミューザ川崎も初見参ということからいい機会にもなると思った。要はテレビに触発され、会場を物見遊山的に見に行きたかっただけのミーハーなのである。ああ、なんと単細胞なんだ。(笑)

今年はシベリウスの没後50年ということで、フィンランド放送交響楽団は2月5日の東京サントリーホールを皮切りに金沢、名古屋、広島、福岡、大阪、仙台と精力的に(少し過密かもね)に公演を行い、ミューザ川崎が日本ツアー最終公演地だった。

さて、本題の演奏だが、これは素晴らしいの一言である。指揮のサカリ・オラモはフィンランドの貴公子然として、大きくそして滑らかなタクトでオーケストラをまとめている。そして、楽団員たちも「シベリウスならお任せよ」と誰もが自信に満ちあふれていた。

首席チェロのお姉さんからは「私たちは生まれたときからシベリウスを演奏してきているのよ」みたいなメッセージが発せられ、ティンパニーの髭のお兄さんからは「今日が日本最終公演なんだ、ちゃんとオレの音を聞いとけよ」みたいな響きがくるわ、第一バイオリン後方のお姉さんたちからは「音もいいけど、私たちのドレスも見ておいてね」みたいなセクシーな視線を浴びるわ(笑)、いや〜、もう圧倒されました。

もちろん演奏も第三楽章から第四楽章にかけては、怒濤の迫力でホール全体に幾重にもたたみかけるような波が襲いかかり、ホールが完全にサラウンド状態でした。演奏が終わったときはスタンディング・オベーションしたいというより、おひねりを投げたいぐらい痺れました。ブラボー! チャリン、チャリン〜〜!

ああ、こんな状態で今夜はN響の『チャイ2&5』に行くのかあ。いいだのだろうか・・・。

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