NHK交響楽団 アシュケナージ最終公演
昨日(29日)梅雨空の下、NHKホールでのN響第1597回定期公演に行ってきました。指揮はこの公演をもって音楽監督を退任するウラディーミル・アシュケナージ。彼は2009年よりシドニー交響楽団の音楽監督に就任予定になっている。
演目
ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調「田園」
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調
この日のNHKホールはなんか異様な雰囲気に包まれていた。チケットは完売。3677人も入るホールが2日連続完売なんて過去にあるのだろうか。理由はアシュケナージ最後の指揮ということもあるが、演目がベト6&ベト7ということもあるのではないだろうか。『のだめカンタビーレ』で一躍有名になったベト7。会場は若い聴衆がいっぱいである。先日の『N響★カンタビーレ』は休日の昼公演ということで家族連れが目立ったが、この日は音楽を専攻している学生や若いカップルがロビーに溢れていてとても華やかだった。いいです、こういう若い聴衆が増えたこと。先週のラフマニノフに続いて、N響の敷居も低くなったんだなあ、と実感した。
しかし、この日の演奏会には梅雨というか湿度という難敵がいた。NHKホールはもちろん空調はしっかりしている。それでも、客席は満席で蒸し蒸ししている。ビニール袋に入れているとはいえ濡れた傘が会場にあるので湿度は簡単には下がらない。楽器を少しでもかじったことがある人なら周知のことであるが、湿度は音の響きを悪くする。特に弦楽器は音が伝わりにくくなる。木管や金管にしても楽器内に水滴が溜りやすくなり、微妙な音の調整が難しくなる。もちろんティンパニーなどの太鼓も張りが悪くなり音が鈍くなってくる。
こうした最悪の状況下でベートーヴェンの第6番『田園』が演奏されはじめた。
第1楽章。あの有名なメロディが聞えてくる。誰もが息を飲み込み、その音色を聞く。案の定、弦の音色が悪い。特にヴァイオリンが・・・。演奏そのものは一糸乱れていない。テンポもリズムも悪くない。でも、あのメロディがモヤっとした空気のなかをさ迷っている。とても「いなかに着いたときの愉快な気分」という楽章名とはほど遠い気分であった。
第2楽章。ここは金管と木管の聴かせどころなのだが、音色がくすんでいる。「小川のほとり」で小鳥たちのさえずりを表現するはずなのだが、その小鳥がなんか鳥カゴに入っているようで、会場内には見えないバリアーが張られているのではないかと思ってしまう。そんな決して良いといは言えない雰囲気のなかで、アシュケナージは体を大きく揺すって、音を引きだそうとしている。
第3楽章「いなかの人々の楽しいつどい」。冒頭にホルンが高らかに鳴り響き、そのあとにチェロやヴィオラがメロディを奏でていく。やっとオケにエンジンがかかってきたのか、N響メンバーも湿度と楽器の調整になれてきたようだ。やっと本来のN響の力を発揮してきた。聴衆側も安心して聴いていられるようになってくる。やっぱしこうでなくちゃ。そして、「雷とあらし」の第4楽章に突入していく。外が雨だからというわけではないが、音がしっくりくる。
第5楽章「牧歌。あらしのあとの喜びと感謝」。来ました、来ました、N響ならではの低音部の響きと弦の一体感。木管も金管も雲の隙間から光を照らす光明を想像させるような音色を奏でる。アシュケナージならでのロマンティックな表現も伝わってくる。そして、最後は静かにして厳かな音色が会場内を覆っていた霞を消していった。
名演奏とまではとても言えないが、非常にまとまりのある演奏だった。パチパチパチ。
休憩時間を挟んで、交響曲第7番。最後の第4楽章だけは大いに盛り上がりましたが、それ以外はテキスト通りのごく普通の演奏。『N響★カンタビーレ』のときは若々しいN響を聴けたと書いたが、この日のN響は威厳こそ感じませんでしたが、我々は正統派なんだぞという妙なプライドを感じてしまった。今度はN響自体が妙なバリアーを作ってしまって、ちょっと残念でした。
前音楽監督のシャルル・デュトワは繊細でちょっとお洒落な音色をN響にもちこんだ。それに対して、アシュケナージはロマンティックにしてお茶目な音色をN響に求めてきたような気がする。日本のオケのほとんどはドイツ的な重厚な音色を志向している。N響もその一つであろう。ただ、この二人の音楽監督が持ち込んだ刺激は新鮮であり、ある意味挑発的だったのではないだろうか。次の音楽監督はまだ誰になるかわからないが、できれば今度は重厚にして明るく開放的な音色のサウンドをもった人になってもらいたい。そのためには北米のオケで指揮者として経験のある人を招聘してくれないかなぁ、と密かに期待している。
最後に、アシュケナージさん、楽しい音楽を本当にありがとうございました。ブラボー!ブラボー!ブラボー!
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名演奏だったN響 & 清水和音のラフマニノフ・ピアノ協奏曲第3番
昨日(23日)NHKホールでのN響第1596回定期公演に行ってきました。指揮は来週の定期公演でN響音楽監督を退任するウラディーミル・アシュケナージ。ピアノは清水和音。清水は1981年に弱冠20歳でパリのロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門で優勝。翌年にはN響と初共演するなど、20年以上にわたって国内外で活躍している日本を代表するピアニストのひとり。
演目
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番ニ短調
チャイコフスキー/交響曲「マンフレッド」
この日のNHKホールは普段の高齢者だらけの定期公演とは違い、若い女性の実に多いこと。土曜にもかかわらず制服姿の女子高生までいる。さすがラフマニノフである。もちろん私のお目当てもラフマニノフだが、とりわけアシュケナージの指揮に興味津々だった。というのも、以前「ラフマニノフのピアノ協奏曲全集はおそらく彼(アシュケナージ)の右にでる者はいないほど素晴らしい」と書いたように、アシュケナージはラフマニノフを当代随一熟知している音楽家である。そのアシュケナージがピアノを弾かないまでも、どう指揮するのかを期待しないわけにはいかない。
第1楽章。冒頭のソナタの部分、清水和音は蚊の鳴くような弱音から始める。か弱い音が観客の息を止めて、場内には一瞬にして張りつめた緊張感が漂う。その音色は甘美でない。耽美でもない。少し機械的な音にすら感じる。しかし、指揮のアシュケナージは全く動じない。ファゴットやクラリネットの音色を優しく導いて、ピアノの音色を引き立ていくようにする。そして、ロシア正教会の聖歌から採られたとされる主旋律のピアノのソロに入ると、清水のピアノは奏でる、響く、そして歌う。いや〜、ラフマニノフです。超絶技巧もなんのその、ピアノの優しい音色が無味乾燥としたNHKホールに花の香りを漂わせるように鳴り響いていく。観客は完全にラフマニノフの世界にうっとりだ。私の前に座っているお姉さんは早くもハンカチで目頭を抑えている。
第2楽章。ここは間奏曲だ。ピアノの腕の見せどころである。清水は哀愁たっぷりに、そしてロマンティックにラフマニノフの世界を奏でる。いや〜、うっとりしてしまう。
第3楽章。冒頭の行進曲風の旋律では清水が奏でる音は繊細であるが少し力強すぎるきらいがある。しかし、アシュケナージはここでもビクともせずオーケストラをコントロールして、清水を少し抑えていく。そして、クライマックスでは今度は馬のたずなを弛めるではないが、アシュケナージは清水に思いっきり弾かせる。二人の呼吸が完全に合っている。清水もアシュケナージにサインを送るかのようにピアノを返していく。凄い凄い。ちょっと興奮してくる。アシュケナージの指揮に期待したかいがあった。目論みが当たった。私の涙腺もゆるんできてしまう。
チャイコフスキーの交響曲『マンフレッド』終演後、若い女性が舞台下に駈けよってアシュケナージにプレゼントを渡した。芝居などではよく見かける光景だが、N響のコンサートでは初めて目にした。アシュケナージの指揮を揶揄したり快く思わないことを言う人がかなりいるが、私はプレゼントをもらって軽く投げキッスをするお茶目で愛嬌のあるアシュケナージが好きだ。指揮者としての力量は別にしても、彼はこの3年間にN響に大きな刺激を与えたと思う。3年間でチャイコフスキーの交響曲をすべて指揮したが、今思えばラフマニノフの交響曲と協奏曲もすべて指揮して欲しかった。
話は少しずれるが、私はこれまでDVDの録画再生機をもっていなかった。2〜3週間前から買おうか買うまいか迷っていた。しかし、昨日の演奏会を聴いているうちに、買おうと120%決心した。それはこの演奏が近々BSおよびハイビジョンで放送されるのだから、それを録画して再度聴いてみたいと思ったからである。こんな衝動にかられるぐらいだから、間違いなく名演奏会であった。もうひとつ余談だが、ちょっと興奮した私は家路につく前に下北沢の友人の店で一杯、そして、地元の学芸大学のお店で一杯飲んでしまった。こんなことも久しぶりである。
追記:チャイコフスキーの交響曲『マンフレッド』も良かった。普段はあまり感心しないトランペットやトロンボーンなどの金管パートが特に良かった。夏の吹奏楽が楽しみになりました。
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NHK交響楽団 東京文化会館6月公演
昨日(13日)東京文化会館でのN響東京文化会館6月公演に行ってきました。指揮は今月いっぱでN響音楽監督を退任するウラディーミル・アシュケナージ。チェロは今回が日本初お目見えのデーヴィッド・コーエン。
演目
デュカス/交響詩『魔法使いの弟子』
チャイコフスキー/ロココ風の主題による変奏曲
ルーセル/バレエ組曲『バッカスとアリアーヌ』第2番
ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」
今回のお目当てはチャイコフスキーのチェロ変奏曲。ソロは弱冠22歳にしてフィルハーモニー管弦楽団の首席チェリストに就任したデーヴィッド・コーエン(現在は27歳)。そして、アシュケナージによるバレエ組曲『火の鳥』。私はバレエ好きでもあるのですが、バレエ音楽のなかでもこの曲はお気に入りのひとつです。幻惑的というか幻想的でドラマティックだからであろう。
さて、デーヴィッド・コーエンによる『ロココ風の主題による変奏曲』だが、この曲を聴くのはおそらく始めて。ちょっと難解でテクニックがいる感じの作品。童顔で子供っぱいマスクのコーエンはそんな曲を目茶苦茶に甘く奏でる。その甘さはお菓子のような甘さではなく、マンゴーとか果物に入っている糖分のような甘さだ。彼はとにかく素直で、汚れを知らないような純粋な音色を奏でる。そして、これがとにかく甘い。私にはちょっと勘弁したくなるほどだが、もちろんテクニックも凄腕なので、この音色にうっとりしてしまう女性もいるに違いない。今日、ロストロボービッチのような世界をまたにかけるチェリストは少なくなったが、彼にはその素質が少し見え隠れした。今後がちょっと気になる人であった。
さて、休憩時間を挟んでルーセルの『バッカスとアリアーヌ』第2番。この曲は間違いなく始めて聴いた。この『バッカスとアリアーヌ』第2番はバレエ公演(初演は1931年)は成功しなかったのに、音楽の方が残ったという希有な作品とのこと。そして、第1幕を第1番、第2幕を第2番として演奏会用組曲として演奏され続けているそうだ。で、この音楽はめちゃくちゃにいい。詳しい音楽形式はよく解らないが、メロディ、リズム、テンポすべてが洗練されていて、とてもパワフルでエネルギッシュ。正直、バレエ音楽という感じはしない。色彩美豊かな音色がいくつも重なりあう交響曲の様相。始めて聴いたということもあり、ちょっとお得な気分になってしまった。アシュケナージもノリノリで指揮をしていて、最後には指揮台の手すりに寄り掛かり「ああ、楽しかった」というおどけた表情を見せたのが印象的だった。
そして、メインディッシュの『火の鳥』。この曲はオリジナルのバレエ音楽と、3種類の組曲(1911年版、1919年版、1945年版)があり、今回はもっともポピュラーな1919年版の演奏。アシュケナージはこのバレエの名曲を、それこそ炎のように奏でようと試みるが、どうもオケはそれについていけない。というのも、今回の木管と金管メンバーの半分近くがN響メンバーのようでなかっただろうか。それとも前曲の『バッカスとアリアーヌ』でエネルギーを使い果たしてしまったからだろうか。もちろん私が求めている幻想的な音色もどこからも聞えてこない。う〜ん、完全に空回りしている。こうなると、指揮者とオケの関係はミスマッチになって音が噛み合わず分散してしまう。とういうわけで、終演後のアシュケナージの顔は先程と違って「ああ、疲れた」という感じだった。
途中までは気分よく過ごせていたのに、最後の最後で消化不良の演奏会になってしまった。残念。
では、また〜。
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