クラシック音楽鑑賞記録(2007年11月〜12月)

INDEXへ戻る

2007/12/27(木) サントリーホール コバケンの「第9」演奏会

2007/12/23(日) NHKホール   ベートーヴェン「第9」演奏会

2007/12/13(木) サントリーホール 下野竜也&ライナー・キュッヒル+N響

2007/12/07(金) NHKホール   アラン・ギルバートとボフスラフ・マルティヌー

2007/11/27(火) サントリーホール チェコフィルの「新世界より」

2007/11/22(金) サントリーホール 今年3回目のN響のべと7

2007/11/18(日) NHKホール   ゲルギエフ&マリンインスキー管弦楽団公演

2007/11/16(金) NHKホール   N響 オール・チェイコフスキー・プログラム公演

2007/11/08(木) サントリーホール 万馬券を当てたような諏訪内晶子&パリ管弦楽団

2007/11/07(水) サントリーホール 世界最高峰のラン・ラン&バリ管弦楽団

CONTENTS

コバケンの「第9」演奏会

昨日(27日)、コバケン(小林研一郎)ファンの母親の付き添いで、日本フィルハーモニーのベートーヴェン「第9」演奏会をサントリーホールに聴きに行ってきました。指揮はもちろん小林研一郎。ソプラノは菅英三子、アルトは菅有実子、テノールの錦織健、バスは青戸知。合唱は武蔵野合唱団。パイプオルガンは井上圭子。チケットは完売。席は1階5列目少し上手(右手)側。

演目
S.バッハ/主よ、人の望みの喜びよ
S.バッハ/トッカータとフーガ
  〜休 憩〜
ベートーヴェン/交響曲第9番「合唱」

前半の15分、久しぶりにサントリーホールのパイプオルガンの音色を聴きました。ただ、低音の響きがお腹にまで伝わらずちょっと残念。以前はもっと迫力を感じたのだが・・・。

さて、第9である。コバケンは凄い。第1楽章からもうエンジン全開。なにより凄いと感じたのは第4楽章である。コントラバスとチェロから始まる低弦がコバケンの唸り声のように腹の底に響いてくる。そして、合唱が始まると彼はオケも合唱団も見事に一体化させて束ねていく。その指揮ぶりは言葉には表現できないほど、大胆かつ斬新であり魅力的である。私の視線は完全にコバケンに釘付けだった。最後にコバケンの身体が伸び上がってクルリと振り向き、指揮棒を客席天井に向けたときは背筋がゾクゾクした。

完全にコバケンに魅入らせられた第9。いや〜、この人は本当に凄い。

↑このページのトップへ


ベートーヴェン「第9」演奏会

昨日(23日)、NHK交響楽団のベートーヴェン「第9」演奏会をNHKホールに聴きに行ってきました。指揮はアンドリュー・リットン。ソプラノは角田祐子、メゾ・ソプラノは石津なをみ、テノールのカン・ヨゼプ、バリトンはキム・テヒョン、合唱は国立音楽大学。チケットは完売。

あまり多くを書くのは野暮なので、今回はコンパクトにまとめたいと思う。

第1楽章。ベートーヴェンらしい重厚な音色が轟く。

第2楽章。ティンパニーとホルンを筆頭に情熱的な火の打ち所のない演奏。

第3楽章。弦主体によるため息がでるような抒情的な調べ。

第4楽章。荘厳な低弦から若者たちの歓喜の歌声へ。

これまでに何度か「第9」を聴いているが、これほど素晴らしい演奏は初めてである。特に第2楽章は凄いの一言であった。会場から思わず拍手が沸き起こったのも頷けるほどN響ならではの一致団結した音色が聴衆を圧倒した。

第4楽章の合唱も若さ爆発で、感涙せざるをえなかった。若いソリストたちは全員がN響初登場のうえに、昨日が初日だったにもかかわらず、4人とも物怖じせず堂々と歌いきっていた。また、300人近くはいたであろう国立音楽大学の合唱も清々しい若さに満ち溢れていた。

↑このページのトップへ


下野竜也&ライナー・キュッヒル+N響

昨日(13日)、NHK交響楽団の第1609回定期演奏会をサントリーホールに聴きに行ってきました。指揮はN響初登場の下野竜也(読売日響正指揮者)。ヴァイオリンはウィン・フィルのコンサートマスターでもあるライナー・キュッヒル。使用楽器は1725年製ストラディヴァリウス「シャコンヌ」。客演コンマスはルーマリニア生まれのハンガリー人でハンガリー国立管弦楽団のコンマスのヤーノシェ・セルメチ。今回の演目は19世紀末から20世紀前半にドイツで活躍した3人の作曲家をフューチャーしていて、下野竜也ならではの面白いブログラムミング。

演目(※アンコール曲)
フンパーディンク/歌劇「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲
プフィッツナー/ヴァイオリン協奏曲ロ短調
※パガニーニ/カプリース14番
R.シュトラウス/交響詩「死と変容」
フンパーディンク/歌劇「ヘンゼルとグレーテル」から「夕べの祈り」「夢のパントマイム」

さて、演奏に入る前にオーケストラのメンバーを見ると、ヴァイオリンに女性がかなりいる。そこで思わず数えたら、第一と第二で半数以上の15人の女性ヴァイオリニストがいるではないか。確か女性ヴァイオリニストの正式メンバーは10人だったはず。他の5人はエキストラもしくはN響アカデミーに所属している人であろう。加えて、フルートの三番手には美人のお姉さんが座っているではないか。そして、この人が手にもつゴールドのフルートがなんともはやキラキラ輝くこと。う〜ん、オペラグラスをもっていけばよかった。(笑)

次に客席を見渡すとなんと空席の多いこと。いくら演目がちょっと地味だとはいえ、P席の3分の1は空席というのはおかしすぎる。12月ということもあって忙しかったり、風邪などで体調の悪い人もいるだろうが、それにしても空席が目立ちすぎである。もし、聴きにこれないなら友人にチケットを譲るか、チケットをN響に返還するべきである。ブツブツブツ。

1曲目。下野竜也は初のN響指揮にもかかわらず、気負うこともなく緊張することもなく、少しメタボリックな身体を動かしながら、慎重かつ丁寧にオケを導いていた。ツカミはOKだった。

2曲目。プフィッツナーのヴァイオリン協奏曲。初めて聞く曲である。ライナー・キュッヒルのお気に入りの曲のようである。構成は楽章だてではないが、3部構成になっている。第1部は非常に耳慣れないというか取っつきにくい。正直、これでいいのという感じ。第2部はオーボエやフルートなどの木管が活躍してヴァイオリンはほとんどお休み。そして、第3部にやっとヴァイオリン協奏曲という感じになり、キュッヘルのストラディヴァリウス「シャコンヌ」がホール全体に轟きわたる。ウィーン・フィルのコンマスということで、その音色は水に例えるとふくよかで柔らかい軟水の味かと思ったが、キュッヘルの奏でるヴァイオリンの音色は少しピリピリした鉱山質の硬水の味。それでも、時に突き刺さるような刺激的な音色やメリハリのきいた弦の運び方などは、さすがにウィーン・フィルで30数年もコンマスを務めている貫録を感じざるをえなかった。ちょっとため息ものの大人の演奏だった。

休憩を挟んで、私のお目当て「死と変容」。R.シュトラウスの傑作である。ここでは下野竜也に少し気負いが出たのか、出だしは木管と弦のバランスがズレてしまう。どうも若いお姉さんたち主体のヴァイオリンがついていけないように思えた。それでも、下野はヴィオラやチェロの支援をうけてオケを立て直していく。そして、途中から下野はオケ全体を完全に掌握して、この難曲を観客の心を揺さぶるべく、キュッと引き締まった味に仕立てあげていった。下野竜也、ここにあり、と立証していた。

最後はまた「ヘンゼルとグレーテル」からの曲。ここはすでにメインディッシュのあとのケーキとコーヒー味わいながら、まるで室内楽を奏でるかのようにオケを柔らかく導いていく。下野のドラマティックなプログラミングの妙を堪能することができた。

↑このページのトップへ


アラン・ギルバートとボフスラフ・マルティヌー

一昨日(7日)、NHK交響楽団の第1608回定期演奏会をNHKホールに聴きに行ってきました。指揮はアラン・ギルバート。ピアノはサイモン・クロフォード・フィリップス。アラン・ギルバードはこれまで何度もN響の指揮を行っていて馴染のある人(といっても私は初めて)だが、2009年秋からはニューヨーク・フィルの音楽監督に就任することが決まっている。

アラン・ギルバートは1967年にニューヨークに生まれ。両親は共にニューヨーク・フィルのヴァイオリン奏者であり,母親は日本人の建部洋子。彼女は1958年の日本音楽コンクールのヴァイオリン部門第1位を獲得している。前年(57年)の第1位はサイトウ・キネン・オーケストラでコンミスなどを務めた潮田益子であり、翌年(59年)のピアノ部門では中村紘子が第1位を獲得するなど、戦後の日本の音楽界を盛り上げた一人である。

こうした家庭環境にいたアラン・ギルバートは当然ながら幼い頃から両親にヴァイオリンを学び、その後作曲および指揮を勉強する。それでも、最初の音楽活動はヴァイオリニストであり、サンタ・フェ・オペラのコンサートマスターに就任している。しかし、1994年にジュネーブ国際コンクールの指揮部門第1位をとってからは本格的な指揮者活動にはいり、その後も数多くの賞を受賞している。N響とは1996年を皮切りに98年、00年、01年、02年、 05年と頻繁に共演を重ねている。

演目
ベートーヴェン/序曲「コリオラン」
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調
  〜休 憩〜
マルティヌー/交響曲第4番

今回の演目はベートーヴェンはCDやラジオなどで何度も聞いたことはあるが、マルティヌーは全く初めて聴く曲。

1曲目はいかにもベートーヴェンの作曲という濃厚な味の作品だが、ギルバートとN響は冒頭から息もぴったりの演奏。ギルバートは大きな動きのある指揮者だがたまに、投げやりというか退廃的な振りをしたりする。繊細で緻密というより大胆にして緩急自在にタクトを振ってオケをまとめていった。

2曲目はピアノ協奏曲。サイモン・クロフォード・フィリップスはイギリスの若手ピアニスト。ただ、この人のピアノには若さというか勢いが感じられない。また、熟練した技やワビサビがあるわけでもない。とにかく若者らしい抑揚感が漂ってこない。「開演前の室内楽」での興奮した疲れもあってか睡魔が襲ってくる。不覚にもウトウトしてしまったピアノ協奏曲だった。ベートーヴェンさん、ごめんなさい。

3曲目のボフスラフ・マルティヌーはチェコの作曲家。ただし、活動の場はパリを中心としていた。しかし、1940年にナチス侵攻を避けてアメリカに渡り、彼が書いた交響曲6曲のうち5曲はアメリカ時代のものである。プログラムによると、この第4番はノルマンディ上陸作戦が成功して、パリ解放が行われ、マルティヌー自身がヨーロッパに帰国できる希望が芽生えた頃に書かれているというが、音楽全体のあちらかしこにアメリカの香りが漂っている。1945 年11月にフィラデルフィア管弦楽団によって初演された。

第1楽章。妙に賑やかな出だし。そのあとは軽やかで楽しそうな旋律が流れていく。やっぱりパリが解放された高揚感を表わしているようである。

第2楽章。ここもスキップするようなメロディで始まる。まるで自分の心情を吐露するかのように解放感に溢れている。ファッゴットを中心とした木管の音色が印象的だった。

第3楽章。ここでマルティヌーはやっと落ち着く。そして、第一ヴァイオリン(堀弘文)、第二ヴァイオリン(山口裕之)とチェロ(木越洋)のオジサン首席三人が主体となる重奏があり、指揮のギルバードは観客の心をグッと引き寄せていく。この交響曲の最大のハイライトはここかもしれない。プログラムによると、ここは敬愛していたドビュッシーへのオマージュとあったが、私にはどことなく東海岸のリゾート地・ケープゴットを思い出させてくれた。

第4楽章。短調に始まるもすぐに長調に変わり、またもや高揚感に満ちたメロディになる。解放感と共に勝利を確信した様相が感じ取られる。ちょっとギラギラしすぎのきらいもあるが、エンディングは意外にサラッと終わる。

初めて聴く曲なので、これ以上の感想は難しい・・・。N響は2005年12月にイルジー・コウトの指揮でマルティヌーの交響曲第6番を演奏している。そのときの演奏を聴いてないが、隠れた作曲家のひとりであるマルティヌーをアラン・ギルバートをすでに自分の掌中にしている。彼の大物ぶりの片鱗を垣間見た思いだった。日本は彼にとっては半分母国なのであるから、今後も埋もれた作曲家を紹介して、日本で指揮をしてもらいたい。

↑このページのトップへ


チェコフィルの「新世界より」

昨日(27日)、サントリーホールでのチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の公演を聴きに行ってきました。指揮はズデネク・マカル。彼はドラマ「のだめカンタービレ」のなかでヴィエラ先生役で出演していた。チェロ独奏は堤剛。演目はチェコ人のオール・ドヴォルザーク・プログラム(アンコール曲は除く)。

演目(※はアンコール曲)
ドヴォルザーク/チェコ組曲よりポルカ
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲ロ短調
※カザルス/鳥の歌
  〜休 憩〜
ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調「新世界より」
※ドヴォルザーク/スラヴ舞曲15番

初めて見るチェコ・フィルは久しく見なかったおじさんオーケストラ。女性陣の数が非常に少なく、年季の入ったおじさんたちがいっぱいだった。

1曲目の「チェコ組曲」。ヴァイオリンが滑らかに踊っていて、軽快に音を奏でていく。ちょっと予想外の音に少しびっくりするが、これはどうやら肩慣らしのようだった。

2曲目はチェロ協奏曲。数多くあるチェロ協奏曲のなかでも傑作のひとつと言われる作品。
堤剛(サントリーホール館長でもある)は汗と鼻水にまみれながらの大演奏。堤は指揮のマカルと盛んにアイコンタクトを交わしながら演奏する。伴奏するオケもコンマスや木管の音色が美しく、チェロ特有の低音を引き立てさせていた。パチパチパチパチ。

休憩後はメインディッシュの「新世界より」。チェコ・フィルの十八番どころか百八十番ぐらいの作品。しかし、この「新世界より」はドヴォルザークがアメリカ滞在中(1892年〜1895年)に作曲した作品で、初演は1893年12月16日にニューヨークのカーネギー・ホールでニューヨーク・フィルハーモニックによって演奏さている。

第1楽章。1曲目で軽かった弦が思いっきり重厚になる。目の前にコントラバスがいたせいもあるが、腹の底に低音がビシビシ伝わってくる。やっぱり、チェコ・フィルは一筋縄のオケでないということを思い知らされる。フランケンシュタインを少しやさしくしたお顔のマカルの指揮も正確無比というか、機械仕掛けのオレンジのように、テキパキとオケを指示していく。

第2楽章。日本では「遠き山に日は落ちて」(作詞:堀内敬三)もしくは「家路」(作詞:野上彰)として非常に親しまれている楽章。私の小学校は午後4時になるといつもこの曲が流れていた。私にとってこの曲は「早く帰れ」という追い出しの曲である。(笑)ただ、この楽章のイングリッシュホルンのソロは情感はたっぷりなのだが、音色はピンとこなかった。少し残念だった。

第3楽章。ここではフルートとオーボエの綺麗な音色がホール内を彷徨う。舞台の天井から吊るされた透明な反響板には楽団員の姿が写っているが、それがなぜか音符記号に見えてくる。ヴァイオリンの優雅な音色も伴い、この日一番の心地良さを味わう。

第4楽章。第1〜第3まで出て来た主題の旋律を埋め込みながら、壮大かつ優雅に華麗にまとめあげる最終楽章。当然ながらオケのメンバーの顏色がこれまで以上に引き締まり、各パートの音には緊張感が漲る。チェコ・フィルの集大成はここにありという意気込みと力強さが波のように押し寄せてくる。うん、うん、これだよ、これだよ、と悦に入ってしまう。「スラヴ民族の音楽、ここにあり」という魂のようなものを聴いた感じだった。

これで今年の海外オケ鑑賞は終わり。来年は2月のライプツィヒ管弦楽団が最初になりそうです。

↑このページのトップへ



今年3回目のN響のベト7

昨日(22日)、サントリーホールにてNHK交響楽団第1606回定期演奏会を聴いてきました。プログラムはオール・ベートーヴェン。指揮は今月のN響の指揮をすべて行い、N響メンバーと相性が抜群かと思われるネルロ・サンティ。

今年3回目のベト7である。それも全部N響。こんなことはめったにあるものではない。最初が「N響★カンタビーレコンサート」で指揮は渡邊一正、場所は東京文化会館。次がアシュケナージのN響最後の定期演奏会で場所はNHKホール。そして、今回のネルロ・サンティ@サントリーホールである。N響は実は夏の四国公演でもベト7をやっていて、なんと年に4回も同じ曲をプログラムに入れている。理由は「のだめ」人気以外何ものもないだろう。

演目
ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第1番
ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調
  〜休 憩〜
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調

今回のオーケストラ編成はかなり小規模。正確な人数は数えなかったが総勢で50人ぐらいだった。サントリーホールの舞台が珍しく広く見えてしまった。フルートの次席は高木綾子。う〜ん、N響入りの日も近いか。

1曲目の『レオノーレ』第1番。初めて聴く曲である。メロディやテンポなどの構成はいかにもベートーヴェンという感じで、オペラの序曲には思えない。ベートーヴェンにオペラは似合わないような気がする。

2曲目は『交響曲第8番』。CDでは聴いているが、生オケで聴くのは初めて。サンティはいつものように完全暗譜で指揮を行う。これまたいつも通りに左右に分けたヴァイオリンを、巨体にもかかわらず手際よく振り分ける。左右に分かれていながらも、篠崎史紀率いる第一ヴァイオリンと永峰高志率いる第二ヴァイオリンのピッタリ息のあった伸びやかな演奏が小気味いい。また、フルート(神田寛明)、オーボエ(茂木大輔)らの木管の音色も美しい。加えて、時折訪れるティンパニー(久保昌一)のリズミカルな響きも心地良い。金管も全体に控え目で悪くない。サンティはバランス感を見事に演出していた。ベートーヴェンの交響曲として小曲かもしれないが、また演奏会で聴いてみたいと思った。

休憩後は3曲目の『交響曲第7番』である。

第1楽章。ベト7としてはゆっくりした出だし。サンティは上品で格調ある音を求めるかのように、あまりアップテンポにしない。室内楽のような落ち着いた演奏に導こうとしているように見える。弦はそれに応えるかのように、ベト7の割りには非常に繊細で絹の白糸のような音色を奏でていく。オーボエもフルートも力強いという柔らかい音色で応えていく。しかし、金管が登場すると乱れる。トランペットとホルンの和音が合っていない。N響最大のウィークポイントが露呈してしまう。こうなると、弦や木管とも波長が合わなくなってしまう。残念ながらこの楽章一番の聴きどころのポイントを外してしまった。

第2楽章。アングレット。弦主体の楽章である。ここでもサンティは格調高い音を求めるかのように、弱音から高音までゆったりと指揮しく。そして、木管の穏やかでうっとりした音色がサントリーホールに彷徨い、目をつむるとどこかの宮殿の大広間のような優雅な空間にいるような錯覚に陥った。マーヴェラスな演奏だった。

第3楽章。快活なプレストである。オーボエとフルートの小気味演奏が気持ちいい。しかし、ここでも第1楽章で乱れた金管がフィットしない。私の席は2階中央後方だが、金管と木管の音色が完全に分離して聞こえてくるのである。そして、時に金管の音色が上品でないのだ。これでは先ほどの第2楽章の優雅な演奏が消えてしまう。

第4楽章。本来ならば迫力ある演奏を期待するところが、歯車が狂ってしまったオケはもう後には戻らない。弦が重奏するパートに勢いが全然ない。N響ならではの団結力も感じられない。

冒頭にも書いたが、今回が今年3回目のN響のベト7だった。1回目は若々しい勢いを感じた演奏だった。2回目は妙にプライド感の高い演奏だった。そして、3回目の今回は格調高い演奏を試みをしたが、結果は残念だった。来年のプログラムにベト7が入らないことを願いたい。

終演後、サンティに第一ヴァイオリンの女性から花束が送られ、観客からも盛大な拍手が送られた。こちらは来年もぜひとも定期公演に登場していただきたい。

↑このページのトップへ



ゲルギエフ&マリンインスキー管弦楽団公演

今年のNHK音楽祭はオペラ・バレエ音楽を主体にした音楽祭で、登場するオーケストラはパリ管弦楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団、マリインスキー劇場管弦楽団、そしてNHK交響楽団と錚々たるメンバーで行われている。すべての公演を聴きにいきたいところだが、そこまで経済的余裕はとてもないので、このなかから演目も吟味してワレリー・ゲルギエフ指揮のマリインスキー劇場管弦楽団選んだ。

この日は10数年ぶりの「妹」とのデート。久しぶりに会う彼女は体型こそ変らないが、以前に比べてすっかり落ち着いていた。その彼女に「コンサートに行くのは10数年前に一緒にサントリーホール以来」と言われて、「え、そんなことあったっけ」とまるで記憶にない私は完全に50過ぎのオッサンだ。国会議員の言う「記憶にありません」が笑えなくなってしまった。

さて、NHKホールは2日前に定期公演で行ったばかりなのだが、ロビーなどは赤と黒のペナントや花が飾ってあり、なんか音楽祭というよりクリスマス・ムード。客席は休日公演ということもあるせいか、チケットは前売の段階で完売になっていたために満席。我々の席は2階席なのだが、こちらは勝手知ったるホールなのですんなり着席できるが、この日は初めてここを訪れる人も多く、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。加えて、2階席の案内係のお姉さん2人は全くのド素人。これまたあっちへ行ったりこっちへ行ったりで失笑すらかっていた。サントリーホールではとても考えれない光景だったので、これには私もアングリだった。

マリインスキー劇場管弦楽団はロシアのピョートル大帝時代の18世紀に創設された。1860年からはサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場にて、数多くのオペラ、バレエを初演して名声を極めた。20世紀に入ってからも、ムラヴィンスキー、テミルカーノフといった優れた芸術監督の下で名演奏を行ってきた。そして、1988年ゲルギエフがオペラの芸術監督に選出され、彼は新人歌手を発掘・成功させて、マリインスキー劇場および管弦楽団の名を世界のトップレベルまで引き上げた。

演目(※アンコール曲)
チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」から
プロコフィエフ/バレエ音楽 組曲「ロメオとジュリエット」から
  〜休 憩〜
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
※チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」からパパドゥ
※プロコフィエフ/オペラ「三つのオレンジへの恋」から行進曲
※チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」からトレパック

前置きが異様に長くなりましたが、最初に結論の半分、これまでNHKホールでいくつかのオケを聴いてきたが、このマリインスキーほど音量のあるオケを聴いたことはない。ホールの大きさを考えてなのかもしれないが、普段聴くN響の1.2倍いや1.5倍は音がでかい。

1曲目の「白鳥の湖」。当初の予定は「眠りの森の美女」第3幕の演奏だったが、この演目変更は大正解だったようだ。いきなりあの有名なメロディなのだが、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリン総勢28人が一糸乱れず弓を弾くのである。もちろん、音色も素晴らしい。ロシアのオケというのはあんまり聴いたことがないのだが、人づてに「弦も弓もボロボロだから」などと聞いていたが、そんなことは全然ない。金満ロシア経済が背景にあるせいか、弦も弓もしなやかで緊張感みなぎる音を奏でる。さすがチャイコフスキー、さすがゲルギエフという見事なものであった。

2曲目は難曲のプロコフィエフ。ここでも第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンは乱れません。しかし、これでは第一と第二に分かれている意味がないのでは・・・。そして、ゲルギエフは金管をこれでもかというぐらい音量を上げる。おかげで、木管がまるっきり聞こえない。金管フェチには嬉しい演奏かもしれませんが、音のメリハリやバランスを重視する私にとってこの演奏は完全にペケ。ゲルギエフが大音量主義なのかどうなのか知らないが、もし、この演奏を褒めるような評論家がいたら顔がみたいくらいであった。2階席にいても耳鳴りがするぐらいの超弩音響の演奏で正直辟易した。もう少し、音の出し入れ、抑揚と考えて指揮をしろといいたい。大きい音を出せばいいってもんじゃないぞ、ゲルギエフ。

休憩を挟んで本日のお目当ての「春の祭典」。舞台には100人近いメンバーがいる。あ〜、また大音響か〜と危惧してしまう。しかし、今度はそんな危惧も徒労に終わる。冒頭のファゴットやフルートなどの木管の音色が弱音ながらも美しい。そして、ジャンジャンジャンジャンとチェロの低音が響き渡る。いいです。痺れます。イケテマス。広いNHKホールの白い壁面を流れるかのように音が伝わってくる。ゲルギエフの指揮も前2曲と違って、身体を大きく動かしながらも慎重かつ繊細だ。時折、あまりない前髪を掻き上げては指揮をする姿はご愛嬌だが、音へのあくなき追求する姿勢はその後ろ姿からビシビシと伝わってくる。最後の《いけにえの踊り》では全身全霊をこめて指揮している印象をうけた。

最後に結論の半分を書くと、私にとって今回が初ゲルギエフだったが、衝撃的な印象はさほどなかった。音量は別にして指揮そのものは大胆というわけでなく、割りとオーソドックスなタイプとお見受けした。聞くところによるとゲルギエフと東京交響楽団の演奏がすばらしかったようなので、今度マリインスキーかロンドン交響楽団以外でも単身指揮者としても来日してタクトを振っていただきたい。

↑このページのトップへ



N響 オール・チェイコフスキー・プログラム公演

昨日(16日)、NHK交響楽団の第1605回定期演奏会をNHKホールに聴きに行ってきました。指揮はネルロ・サンティ。サンティはイタリア出身の指揮者で、特にオペラの指揮を得意としている指揮者として有名。今回は演目がロシア人のオール・チャイコフスキー・プログラムだったので、当初より興味津々でした。

演目
チャイコフスキー/交響曲第1番「冬の日の幻想」
  〜休 憩〜
チャイコフスキー/歌劇「エフゲーニ・オネーギン」作品24から「ポロネーズ」
チャイコフスキー/幻想序曲「ロメオとジュリエット」

珍しいプログラムの作り方だ。普通ならば、前半と後半が逆なのだが、サンティはあえてこのようにプログラムを組んだ。「冬の日の幻想」と「ロメオとジュリエット」がどちらが有名かといえば甲乙つけがたいが、終盤の盛り上がりを考えるとこうなるのかもしれない。いずれにしても、こんなオール・チャイコフスキー・プログラムを聴きにくる人がいるのかなと思って、当日券を買いに行ったら、8割から9割がた客席が埋まっているではないか。驚き〜。

サンティが指揮するときのN響の配置が面白い。コントラバスを下手(左手)後ろに一列に並べ、トランペット、トロンボーン、チューバは上手(右手)に並ぶのである。昨年11月にチャイコフスキーの交響曲第5番も同じであった。で、彼の前に譜面台はない。

第1楽章《冬の旅の幻想》。冬の寒い大地を連想するかのように、ヴァイオリンの凍てついたメロディが流れる。それに呼応するかのように、チェロが大地の雪を舞い上げるかのように北風の低い響きを奏でる。N響いきなりトップギアで全開です。木管も金管も懸命についていく。サンティは巨体を揺さぶりながらも、緻密にそして俊敏にタクトを振る。それに応えようとN響のメンバーも必至。下手と上手に分かれた第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの形相が違っているようにすら見えた。

第2楽章。《陰うつな土地、霧深き土地》と副題があるように、全体を通してゆったりと音が流れていくが、そのなかでオーボエ(茂木大輔)がメロディを奏でながら、フルート(甲斐雅之)とファゴット(水谷上総)がサポートするところが美しい。また、ホルン(首席は都響の西條貴人?)の合奏も見事にマッチしていた。

第3楽章。弦によるワルツ風の演奏。チャイコフスキーのバレエ音楽を連想するかのような優雅なメロディが流れる。オペラやバレエ音楽を得意とするサンティなれでは滑らかな音色がホールに流れていく。う〜ん、眠い。隣のお姉さんはこっくりしている。

第4楽章。最初は寒い大地をイメージする短調から始まるが、徐々に太陽に照らされた明るい大地のイメージの長調に変っていく。終盤への盛り上がりを期待させる。そして、ずっと飼い殺しされていたトロンボーンとチューバがきらびやかな世界を歌い上げる。その後は、ヴィオラからチェロ、そしてヴァイオリンへと奏でるメロディが流れていく。いいです。これがチャイコフスキーです。心のなかは踊っています。サンティの指揮も的確にオケを引いたり出したりして演出していく。サンティの緻密さと堅実さ、そして大胆さに敬服しました。文句なしにブラボー!

休憩後の「ポロネーズ」と「ロメオとジュリエット」は先にメインディッシュを食べてしまったせいか、ちょっともの足りなかった。個人的にはやはり前半と後半を逆にしていただきたかった。

それにしても、この日の金管パートはもう華麗の一言で素晴らしかった。これまで金管に関してはかなり苦言を呈してきたが、これほど慎ましやかで上品な音色を聴いたのは初めてかもしれない。

また、この日は76年から30年以上もチェロ奏者として活躍してきた田澤俊一が、今回の定期演奏会で定年退職をすることになっているので、それを記念してか祝うかどうかわからないが、木越洋率いるチェロ軍団の演奏も尋常でないぐらい迫力があり素晴らしかった。田澤さんにとって心に残る演奏会であるに違いない。

↑このページのトップへ


万馬券を当てたような諏訪内晶子&パリ管弦楽団

一昨日に続いて、昨日もサントリーホールでパリ管弦楽団の演奏会を聴いてきました。指揮はクリストフ・エッシェンバッハ。ヴァイオリンは日本の至宝・諏訪内晶子。7日のラン・ランのときは女性客や女子高生が多かったサントリーホールだったが、諏訪内になると俄然背広姿の男性陣が目立った。

7日の公演も素晴らしいものがありましたが、8日の公演はもう興奮しました。チケットを買ったときはプログラムからすると「1日目の方がいいのかなぁ」なんて思っていましたが、どうしてどうして、もう昨日の公演は大当たりです。万馬券に当たったような気分でした。高いお金出して2日間のチケットを買ったかいがありました。パリ管よ、ありがとう。

演目(※はアンコール曲)
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲二長調
※バッハ/無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番よりアンダンテ
  〜休 憩〜
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「火の鳥」組曲(1919年版)
※ラヴェル/ボレロ

1曲目の『ヴァイオリン協奏曲』。冒頭から諏訪内晶子の1714年製ストラディバリウス「ドルフィン」が唸ります、呻きます、軋みます、泣きます、叫びます。私はこれまでに諏訪内が奏でるこの協奏曲を2度ほど聴いているが、昨晩の演奏はもう鬼気迫るものであった。

諏訪内は出産のために昨年はほとんど演奏活動を行いませんでしたが、今年に入って再開。5月にミューザ川崎で見たときより、幾分ふっくらした感じで貫録さえ感じます。そして、その音色も以前にもまして豊饒です。低音部には明らかに母親としての強さが加わり、高音部に技術的な精密さが増した感じがしました。昨日のラン・ランを「いま最高のピアニスト」と書きましたが、諏訪内ももはや「日本の至宝」ではなく、名器「ドルフィン」と共に「世界の至宝」になりました。

プログラムには、この協奏曲は初演のときヴァイオリンの名手や批評家たちにけんもほろろにされと書いてあったが、この人たちがいま諏訪内の演奏を聴いたら、何と言うだろうか。私は「この協奏曲は諏訪内晶子とドルフィンのためにある。いや、諏訪内晶子とドルフィンのためにこの協奏曲は生まれた」と言いたいぐらいである。

さて、休憩を挟んで後半のプログラムなのだが、諏訪内に酔いしれてしまった私は、休憩時間には普段はビールだけしか飲まないのに、ワインまで飲んでしまった。(笑)

『ラ・ヴァルス』とはフランス語でワルツという意味で、本来はバレエ音楽として書かれている。全体に流れるゆるやかなメロディを、エッシェンバッハは弦と2台のハープを巧みに操りながら、ちょっと幻想的で優しい音色を築き上げていった。これを聴いているとき、パリ管の十八番は昨日の『幻想交響曲』のような交響曲ではなく、バレエ音楽なのではないかと思った。その予想はいみじくもすぐに的中した。

3曲目の「火の鳥」組曲(1919年版)。これぞパリ管というキラビヤカにしてオシャレな演奏だった。一昨日はパリ管の弦の上手さに驚かされたが、昨日は弦の上回る木管金管打楽器陣の艶やかさを堪能させてもらった。なかでも、この曲の最後を飾るところでのトランペットとトロンボーンの上品な響きは、残念ながら日本のオケでは聴くことはできない。終演後、エッシェンバッハはクラリネット(昨日の頭剥き出し感情むき出しの人ではなかった)やファゴットなどの木管の首席をスタンディングさせていたが、私は金管のみなさんに最大の拍手を送っていました。ブラボー!

そして、アンコールがなんと『ボレロ』。『ボレロ』がアンコールなんて初めてである。ところが、いきなりアクシデント。フルートがメロディを奏ではじめると、第2ヴァイオリン首席のお兄さんが咳込んでしまったのです。でも、エッシェンバッハは演奏を止めません。そして、なんとエッシェンバッハはタクトを振っていません。アイコンタクトで指揮をしている。咳込んでいるお兄さんは涙目ですが、演奏は続いていく。クラリネット、バスーン、ソプラニーノクラリネット、オーボエ・ダモーレ、トランペットと続いていく。そして、弦のピッチカットあたりで咳も止まり、オケは徐々にエンジンがフル回転です。そして、オケが完全に一体化して、音響もグラデーションのように上がっていき、最後にはサントリーホールの空間には情熱の赤い炎が陽炎のように見えました。凄かった。

至福の2日間でした。

↑このページのトップへ


世界最高峰のラン・ラン&バリ管弦楽団

昨日(7日)、サントリーホールでパリ管弦楽団の演奏会を聴いてきました。指揮は私が好きなフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督も務めるクリストフ・エッシェンバッハ。ピアノは25歳の若き天才ピアニストとして、世界各国から引っ張りだこのラン・ラン。

パリ管弦楽団は、1828年にフランスで最も古くに創立されたパリ音楽院演奏協会管弦楽団の発展的解消により、1967年に創立されたオーケストラ。初代音楽監督はシャルル・ミュンシュで、その後はカラヤン、ショルティ、バレンボイムなど錚々たる顔触れが引き継ぎ、2000年からエッシェンバッハがその任に就いている。

ラン・ランは1982年中国の瀋陽生まれ。1995年日本で開かれたチャイコフスキー国際ヤング・ミュージシャン・コンクールで第1位になり注目を浴びる。そして、17歳のときにアンドレ・ワッツの代理として、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を、今回指揮するエッシェンバッハ&シカゴ交響楽団と共演して、一躍スターダムに上がる。彼は中国人としてはじめてベルリン・フィル、ウィーン・フィルそしてアメリカ5大オーケストラと共演したピアニストでもある。

演目(※はアンコール曲)
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番ハ長調
※ワーグナー/オペラ「トリスタンとイゾルデ」から「愛の死」
  〜休 憩〜
ベルリオーズ/幻想交響曲
※スメタナ/コメディアンのダンス

第1楽章。ソナタ形式。ラン・ランのピアノはとにかく凄い。ピアノを時にはじくように弾き、時に踊るように弾き、時にすすり泣くように弾く。時に大声を叫ぶかのように弾く。それはもう変幻自在。その感情移入が全身からピアノに伝わっていく。加えて、彼は指揮のエッシェンバッハとアイコンタクトするだけでなく、ときにオケに合わせてくれとまがいに指示を出す。これは指揮者への越権行為でなく、彼の感情表現と良い方に解釈する。そして、後半のカデンツァでは彼の勢いがサントリーホールのすべての時間と空間を制圧していく。

第2楽章。緩徐楽章。優美でのびやかなメロディが持ち味の楽章だが、ここでもホール内の観客は誰も息をしていないのではないかと思うぐらい静まりかえり、そのなかをラン・ランの奏でる音色が縦横無尽に広がっていく。それはまるでマンガかアニメじゃないが、空中を音符がゆっくりと流れていくかのようなのである。

第3楽章。ロンド形式。ラン・ランが楽しく軽やかに奏でるソロとオケが、にぎやかな掛け合いを行う。ここでもラン・ランの指はゴムまりのようにはじけて、自由奔放に空間を駆け巡っていく。それに呼応するかのように、オケも木管や金管がはじけるように音を奏でていく。そして、エッシェンバッハはまるでそれを楽しむかのように指揮して、最後もピアノとオケが一体化して風船がパーンとわれるかのように終える。

かなり誇張した表現かもしれないが、ラン・ランはいま世界で最高のピアニストではないだろうか、と思うぐらいの演奏だった。そして、それを証明するかのように、アンコールでは先日観たオペラ『トリスタンとイゾルテ』の最後にイゾルテが歌う「愛の死」(リスト編)を見事に表現した。いまの彼には実力と勢いと自信がある。

休憩を挟んで、パリ管の得意中の得意の『幻想交響曲』。

人づてにパリ管は木管や金管の音色がきらびやかで凄いと聞いていたのだが、私は弦が非常に調和されているのに驚かされた。コントラバスの強く鋭い響き。チェロとヴィオラの穏やかで厚みのある響き。そして、ヴァイオリンの艶やかな響き。弦がこれだけ違った響きがあるのでアンバランスのように思われるが、そこはエッシェンバッハが見事に料理してくれる。

演出も非常にうまい。イングリッシュホルンを上手(右手)に登場させたり、最後の鐘を下手(左側)の舞台袖から鳴らさせたり、舞台を多面的にうまく利用している。もちろん演奏もパリ管の十八番なのであるから、ほぼパーフェクトなのだが、しいて言わせてもらえれば、ピアノ協奏曲では抜群の音色を出していた首席クラリネットが、ここでは感情むき出しの音を出し過ぎで、次席との掛け合いもあまり調和はされていたとは思えなかったのが残念である。それでも観客はこの二人に盛大な拍手を送っていたが・・・。

↑このページのトップへ