| クラシック音楽鑑賞記録(2008年6月〜8月) |
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2008/08/09(土) ミューザ川崎 東響@フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 2008/08/05(火) ミューザ川崎 東京フィル@フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 2008/07/26(土) ミューザ川崎 都響@フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 2008/07/18(金) NHKホール ファビオ・ルイージ恐るべし 2008/06/25(水) NHKホール 2008〜2009シーズン最後のN響 2008/06/21(土) サントリーホール コバケンと日本フィルの絆 2008/06/20(金) NHKホール すべて暗譜のマッシモ・ザネッティ 2008/06/14(土) みなとみらいホール ハネケンも喜んでいるに違いないラフマニノフ 2008/06/03(火) サントリーホール エレーヌ・グリモーの「ピアノ協奏曲第5番」 |
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CONTENTS
東響@フェスタ・サマーミューザKAWASAKI プログラムによると、スダーン曰く「どの曲も人々を幸せにしてくれる曲」ということで、曲名こそ知らなくても、そのメロディを聴けば誰もが知っているような曲のラインナップ。 演目(※アンコール曲) 1曲目。『のだめカンタビーレ』スペシャル版のなかの指揮者コンクールで石井正則(アリtoキリギリス)演じる日本人指揮者片平が指揮台の上で飛び跳ねた曲である。スダーンはさすがに飛び跳ねたりはしなかったが、左手(彼はサウスポー)で力強くオケに指示をして、精緻に音をまとめあげる。 2曲目。スダーンがリードするオケは少し殺伐としたロシアの大地に風がなびるような情景を描いていく。一方、小川典子はピアノに正視して、懇切丁寧にそしてまるで精密機械のように音を奏でていく。そのために、ラフマニノフ特有の執念とか怨念という情感をあまり感じさせない。彼女のピアノは理性的であり知性的だ。ラフマニノフのもつ妖艶さや耽美さを聴きとることができない。優等生的なピアニストにはあまりラフマニノフはお似合いではないようである。 休憩を挟んで私のお目当てであるドボ8・・・。 3曲目。結論からいうと、残念ながらフィナーレにはあまりふさわしいという演奏ではなかった。第1楽章の最後に金管が余計な残響を出したり、第2楽章の主役ともいうべきフルート(主席が甲藤さちでなく残念)の音がすべったり、第3楽章では中低音部の弦が揃わなかったりと、かなり大きなミスがあちこちで目立った。加えて、全体としてドボ8のテンポの良さと、音の強弱のつけ方も中途半端な感じがして、落胆せざるを得なかった。 私の右隣に座っていたお兄さん(先日の東京フィルのオール・ラフマニノフ・プログラムのときも彼が隣だった)は、演奏終了後サッさと帰り支度をはじめ、アンコールを聴かずに席をたってしまった。一方、左隣の香水プンプンのおばさん集団(5〜6人)はヤンヤンヤ喝采の拍手を送っていた。
東京フィル@フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 演目はオール・ラフマニノフ。先日の都響の「展覧会の絵」プログラムも楽しみにしていたが、この日のプログラムは今回のフェスタ最大の目玉であり、メチャクチャに楽しみにしていた。それゆえに、日曜にジムで左足を少し痛めたが、その足をちょっと引きづりながらも会場へ馳せ参じた。客席は満席。 演目 1曲目。 2曲目。 冒頭、彼女の指は撥ねる。水滴がはじけるように指が鍵盤から撥ねていく。その後は自由に左右に翔び、変幻自在に舞う。そして、時たま自分自身を納得させるかの如く、天を仰ぎ上体を揺らす。観客は彼女の一挙手一投足に釘付け。一方、指揮の尾高は彼女を信頼しているようで、彼女へ指示などは出さずにオケをまとめることだけに専念している。 後半の最も有名な優美にしてロマンチックな旋律(第18変奏)を、彼女がソロで奏ではじめると、ミューザ川崎にいる観客すべてが彼女の指によって癒されているかのようであり、彼女の巧みな技術力と表現力は底知れぬものを感じる。ラフマニノフ最後の名作という曲(61歳のときの作品)をこれだけ鮮やかに弾ける女性ピアニストはそうそういないであろう。小山実稚恵にラフマニノフはお似合いである。ブラヴァー! 約20分間の休憩を挟んで3曲目。 第1楽章。チェロとコントラバスの低い音から入る。そして、木管群の「ファ〜〜ン」という気だるい音が聴こえる。ラフマニノフならではの哀愁を帯びた世界が始まる。ゆったりとした悲しみを帯びた主題のメロディをヴァイオリンが奏でていく。尾高は右手で大きくヴィオラやチェロの中低音部を煽る。前半の演奏では精彩がなかった弦の中低音部に艶のある音色が引き出されていく。う〜ん、これは期待できそうだぞ、と思わせてくれる。そして、クラリネット(杉山伸)の悲しい音色が綺麗にこだまする。オケ全体も一秒もしくは一小節ごとにどんどんにまとまっていき、後半部分のシンバルなどの打楽器を多用して、オケ全体が変調しながら音が落ちていく音色などは見事な重層になっていた。 第2楽章。軽やかなホルンの音色で始まるが、残念ながらその音色に冴えはない。それでも、スケルツォを弦が飛び跳ねていくかのように演奏していく。つづく、木管と打楽器(グロッケンシュピール=鉄琴)の響きが気持ちよさそうにスキップしていく。ただ、この楽章のポイントであるホルンに輝きがなかったせいか、この楽章の印象は薄い。 第3楽章。今や知らない者はいなくなった人はいなっくなったほど有名になったアダージョ。ゆるやかにして甘美なスラヴ調のメロディからクラリネットが愛のロマンスを歌いあげげる。何度聴いてもここは美しい。そして、涙腺も弛んでくる。客席を見渡すと何人もが目頭を押さえている。誰もが心のなかで陶酔しているか、夢に浸っているようである。そして、身体の感情を揺さぶるかのように変調していくパートのメロディでは、私の頬にもひとすじの熱いものがつたっていってしまった。 第4楽章。行進曲風の勇ましいメロディから始まる。指揮の尾高は身体を上下もしくは前後に2分の2拍子でとりながら、オケ全体を自分のもとへ引き寄せようとしていく。コンマスの荒井英治も上体を大きく揺らして、それに従うように促していく。そして、最後はシンバルや太鼓の音色に格調を加えながら、ぐるぐる旋回して大団円を迎えていった。そして、会場からはブラボーの嵐が飛びかった。 尾高忠明は先日のN響のエルガー交響曲第1番も見事であったが、今回のラフマニノフ交響曲第2番も見事であった。共に彼の十八番の曲といえども、今の彼は日本一脂がのっている日本人指揮者かもしれない。 小山実稚恵は世界的ピアニストである。そんな彼女は現在は日本を主舞台に演奏活動してくれている。先日の清水和音といい、今の彼女も円熟期にいるであろうから、今の彼女の演奏を聴かないのはクラシック音楽ファンにとっては損であろう。チャンスがある人は是非とも彼女の演奏を聴いてほしい。 昨日の演奏会の終了後に最初に感じたことは、第一に妖艶にして耽美な交響曲を残してくれたラフマニノフに感謝、第二に美しい音を響きわたせてくれるミューザ川崎ホールに感謝、第三に咳ばらいもほとんどせすに熱心に集中して聴いてくれたお客さんに感謝、であった。素晴らしいひとときであった。
都響@フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 「展覧会の絵」をオリジナルであるピアノ版と、ラヴェル編曲によるオーケストラ版を一度に聴ける面白い企画である。そして、ピアノ独奏者が、そのままオーケストラ版も指揮するというのも、大胆で面白い。サマーフェスタならではの企画であり楽しみにしていた。 演目(※アンコール曲) 1曲目。生でピアノ独奏による「展覧会の絵」を聴くのは初めて。迫昭嘉は1980年代に第35回ジュネーヴ国際コンクール最高位(1位なしの2位)を受賞しているというピアニスト。その落ち着いた演奏はどことなく学者肌で、先生が生徒に教えるか言い聞かせるような演奏。正直、個性的とか情熱的という感じはまったくないが、朴訥と黒板を背に講義を聴いているかのように、ピアノ演奏を聴いていた。しかし、それが徐々に組曲の構成が何たるかを解らしめていき、ムソルグスキーの曲へのこだわりが何であるかを感じ取れるようになっていく。不思議なもんである。迫昭嘉は実際に東京芸術大学教授であり、その授業をたっぷりと聴いたような演奏であった。満足。 2曲目。この日の都響の中低音部は少し甘かったと思う。ググッとくるものを感じない。冒頭に首席トランペット(WHO?)が高らかに綺麗な音を奏でたのにもかかわらず、その後に続くヴィオラ、チェロ、コントラバスの響きは力強さがない上に、曲を引っ張っていこうという意志を感じられない。ラヴェルが編曲しているので、どうしてもこの曲のいいところは、トランペットやホルン(西條貴人)などの金管や木管にもっていかれるが、やはり全体の音を支えているのは弦である。弦に輝きがないと、上辺だけの旋律を聴いている音楽になってしまう。 指揮の迫昭嘉はここでもやはり大学の先生風であり、別に感情を剥き出しにしたりしない。ただし、オケ版の「展覧会の絵」はピアノ版のような解説に満ちた演奏ではなく、その違いを説明することもなく、ただ粛々と演奏されるだけになっていた。 アンコールでラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴いたのは初めて。この曲はいつ聴いても泣けてくる。定期演奏会などでは大概はオープニングに使われているが、最後の最後に聴くとこみ上げてくるものがある。オケ版の「展覧会の絵」がちょっと不満だっただけに、この素晴らしい選曲には救われた思いだった。 この日は土曜の午後という割りにはお客さんの入りが寂しかった。次の「サマーフェスタカワサキ」は来月5日(火)に行く。この日は尾高忠明&東京フィルのオール・ラフマニノフ・プログラムで、ピアノは小山実稚恵である。もっともっと数多くの人が訪れてほしいと思う。
ファビオ・ルイージ恐るべし ファビオ・ルイージは1959年イタリア・ジェノヴァ生まれ。パガニーニ音楽院、グラーツ音楽院で学び、ウィーン・トーンキュストラ管弦楽団、ライプチヒ放送交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団を経て、現在はウィーン交響楽団の首席指揮者と、ザクセン州立歌劇場(ゼンパー・オーパー)およびシュターツカペレ・ドレスデンの音楽監督を務めている。 ペク・ジュヤンは韓国ソウル生まれ。数多くの国際コンクールに入賞して、韓国でもっとも権威があるという東亜国際音楽コンクールで優勝。その後、世界各地のオーケストラと共演して、2005年からは異例の若さでソウル大学教授に就任している。 演目(※はアンコール曲) ペク・ジュヤンはコバルト・グリーンの鮮やかなドレスで登場。背丈も大きく、その姿はまるで緑色の人魚姫(隣りのおばさんの表現)であった。しかし、彼女が奏でるヴァイオリンの音色はチャイコフスキーにしては、かなり艶やかにして張りがあり重厚感に満ちている。もちろん、そのテクニックも非常に見事なものがある。ただ、チャイコフスキーの曲としては、もう少し音の強弱というか、引き出しのメリハリがあってもいいのかなぁ、と思う演奏だった。しかし、逆に彼女のテクニックをすれば、パガニーニやバルトーク、ショスタコーヴィッチといった、いわゆる難曲のヴァオイオリン協奏曲が向いているのかもしれない。隣りのおばさんは「彼女のシベリウスを聴いてみたいなぁ」と漏らしていた。 さて、休憩を挟んで、ベートーヴェンの交響曲第7番。通称「ベト7」である。私は昨年5月に指揮渡邊一正@東京文化会館、6月に指揮アシュケナージ@NHKホール、11月に指揮ネルロ・サンティ@サントリーホールと、N響のベト7を3回も聴いている。(笑)今年は今回だけであろう。 ファビオ・ルイージの指揮は凄い。久しぶりに鳥肌ものの指揮者を見たような気がする。この人は間違いなくいずれ世界の超一流指揮者になると確信した。彼ほどN響の弦をしなやかにして、豊饒感ある音色を引き出した指揮者はこれまでいなかった。 その情熱的にして弦を中心としたオケへのパートパートの的確な指示は、奏でる者だけでなく見る者も圧倒させる。それは、あの広いNHKホールの支配者は俺なんだ!と言わんばかりにも見える。しかし、聴衆をベートーヴェンの世界へぐいぐいと引きこんでいくその指揮ぶりとエネルギーは素晴らしい。 こうしたルイージの指揮に対して、コンマス堀正文をはじめとする弦はベト7特有のグルグルと旋回するようなハーモニーを見事に奏でていくが、要所要所で登場する金管の音色は妙に割れている。隣りのおばさんも「ウィーンフィルの金管はもっと透んでいるのにねぇ」と嘆いていた。 なお、この日の演奏会は8月22日(金)午前10時からのBS2「N響演奏会」で放送予定になっている。
2008〜2009シーズン最後のN響 リサ・ラルソンはスウェーデン出身。バーゼルで音楽教育を受け、1993年よりチューリヒ歌劇場、1995年にムーティ指揮のミラノ・スカラ座にデビュー。その後はモーツァルトのスザンナ(フィガロの結婚)やツェルリーナ(ドン・ジョバンニ)などの役で頭角を現わした。今回が初来日。 演目(※アンコール曲) リサ・ラルソンはこの日は体調が悪いという告知がロビーにあったが、どうしてどうして、これで体調が悪いなら、あの声はと思わせるほどの魅惑的だった。私はイタリア語もドイツ語も解らないので、オペラを観にいくことがあまりないのだが、彼女の声はそんな言葉なんか関係なく、軽めながらも愛らしい歌声だった。 さて、後半の「ツァラトゥストラ」は映画「2001年宇宙の旅」に使われて有名になった曲である。あの映画が公開されたのは私が中学生のときだったから、もう40年にもなる。 この曲はパイプオルガンを含めて100人以上の大編成によるため、サントリーホールの舞台の人口面積はちょっと過密状態。冒頭、マッシモ・ザネッティの全身を使って勢いのある大きなアクションで、金管を中心に思いっきり音を煽る。それに応えるべく、最近好調のN響金管陣がけたたましくも透んだ音色を奏でる。しかし、弦とマッチしていない。というより、ザネッティの指揮がどうもチグハグのような気がする。そして、この曲がもつ本来のニーチェの思想性や価値観がほとんど感じられない。 ザネッティは先日の「ローマの松」や「ローマの祭り」、そして今回の「ツァラトゥストラ」と金管主体の音楽が十八番なのかもしれない。そして、自国イタリアの歴史感はものの見事に表現したが、ドイツの実存主義がもつ哲学性を表現することはなかった。そういう意味ではザネッティが名指揮者になるまでには少し時間がかかるようだ。 【追記】この日の演奏は7月30日(水)午前9時よりBS-hiで放送予定。
コバケンと日本フィルの絆 演目 まず会場に入ってびっくり。ダラシないネクタイと超ミニスカの高校生がうじゃうじゃいる。その数は200人以上と思われる。音楽鑑賞会なのか、それとも空席埋めの動員なのか解らないが、これは先が思いやられるなと思ってしまう。 1曲目。芥川也寸志の代表作みたいだが、私は初めて聴く。芥川というとどうしても大河ドラマ「赤穂浪士」のテーマ曲をすぐに思い出してしまうが、この曲はそれを遥かに上回る名曲だと思わざるえなかった。 第1楽章はパートパートにヴォイオリンのソロなどはあるもののの、全体に芥川の師匠である伊福部昭ばりの重低音が奏でられ、それでいて快活に満ちた楽章になっている。第2楽章は全編を弱音で通した子守歌の楽章になっている。そして、第3楽章はお囃子や太鼓は登場しないものの、弦だけで日本の田舎風景を象徴するかのようなお祭りを表現している。 この曲はN響の常任指揮者をしていたクルト・ヴェスに依頼された作品で、初演は1953年12月にニューヨークのカーネギー・ホールで彼の指揮によってニューヨーク・フィルハーモニックで演奏されている。日本フィルは先日も吉松隆の名曲「鳥の時代」をフィーチャーしたが、今後も日本人の優れた曲をどんどんプログラムに入れてもらいたい。 2曲目。約15分ほどの非常に短いピアノ協奏曲。これといった印象的な旋律やリズムがある曲ではないが、清水和音の指運びから奏でられる音色はとても美しい。コバケンとの息もピッタリとあっている。清水はおそらくピアニストとしても現在円熟期を迎えているのではないないだろうか。おそらく、今の彼は何を弾いても素晴らしいに違いない。今の清水を聴かない手はないと思う。 3曲目。セザール・フランクの代表作であるが、コンサートで演奏されることは意外に少ない。私もコンサートホールで聴くのは今回が2回目。演奏はコバケン節炸裂といった感じで、彼の唸り声や呻き声は1階席後方にいた私までよく聞こえた。(笑)そして、この演奏を見ていると、日本フィルのメンバーとコバケンの信頼関係というか絆を感じざるをえなかった。指揮者とオケは一体感に満ちた重厚な音を奏でて、観客を満足させていった。 恒例の終演後のコバケンの挨拶も「今日はフランクの曲を演奏して満足したので、アンコールはありません」と少し声を切らせて言ったが、観客はそれに対しても暖かい拍手を送っていた。指揮、オケ、そして観客も一体化した演奏会である。 さて、巻頭に書いた高校生たちなのだが、開演前や休憩時間は賑やかだったが、演奏中は非常に静かだった。まあ、半数以上は心地よい昼寝をしていたのだろうが・・・。それでも、このなかから、「高校生のときにコバケンのフランクを聴いたことがあるんだよ」と言う子が一人でも二人でも出ることを願いたい。
すべて暗譜のマッシモ・ザネッティ 昨日(20日)、NHKホールでのNHK交響楽団第1623回定期公演に行ってきた。指揮はマッシモ・ザネッティ。曲目がすべて有名というわけではないだろうが、4曲とも指揮台の前には譜面台なしの暗譜だった。 マッシモ・ザネッティはミラノ・ヴェルディ音楽院で音楽教育を受け、1990年代に各地の指揮者コンクールに数多く入賞する。その後、ブレーメン歌劇場の指揮者を皮切りに、ベルギーのフランドル歌劇場、コヴェント・ガーデン王立歌劇場、ミラノ・スカラ座、バイエルン州立歌劇場など一流の歌劇場でタクトを振り、ヨーロッパではオペラ指揮者として名声を得ているようだ。また、ドイツや北欧の数多くのオーケストラも指揮している。年齢は40代半ばぐらいではなかろうか。N響には2003年12月の「世界の若手指揮者シリーズ」以来の出演。 演目 1曲目。指揮のザネッティはいきなり全開で顔が真っ赤か。華奢な身体にイタリアの伊達男風なのに、もう頭のてっぺんから湯気が出そうな形相で指揮をする。冒頭から飛ばしすぎじゃないのという感じ。そのためか、最初はラヴェル特有の弦と管の色彩感が少しチグハグな感じがする。しかし、第4曲「祭り」に入ると、ザネッティはオケを完全に掌握して、打楽器陣の小気味よいリズムに合わせて、スペイン風というかイタリア風の乾いた狂詩的フィナーレを奏でいく。その色彩感は地中海を思わせるような青と白に満ちていた。 2曲目。ガブリエル・フォーレの代表作。正直、この曲にはあまり期待していなかったのだが、これが大間違い。ザネッティはオペラ肌の指揮者ということからか、この組曲を叙情かつ劇的なサウンドに巧みに導いていく。第1曲「前奏曲」で今井仁志のもの悲しいホルンが響き、第3曲「シチリア舞曲」ではフルートの神田寛明とハープの早川りさ子が魅惑のハーモニーを聴かせてくれる。N響の木管や金管のメンバーが、まるでハメルンの笛吹きに導かれるように美しい音色をどんどんと聴かせる。それを支える弦はいつもながらの正確無比の揃ったボーイングで素晴らしいサポートぶりだった。 3曲目。レスピーギの「ローマ三部作」でもっとも有名な曲。そして、金管の腕の見せ所というか聴かせ所満載の曲である。バンダは舞台後方に位置する。ザネッティはこの曲を実に熟知している。 第1曲「ボルゲーゼ荘の松」では、とにかくニギニギしく遊びたっぷりに打楽器を鳴らさせる。第2曲「カタコンブ付近の松」では舞台裏からトランペット(井川明彦)を神の声のようにしっとりと轟かせる。第3曲「ジャニコロの松」では横川晴児のクラリネットと小鳥のさえずり(鳥笛?それとも録音?)を見事にオケにマッチさせる。そして、この曲のハイライトともいうべき第4曲「アッピア街道の松」では、トランペットやトロンボーンがにぎにぎしく、そして存在感のあるしっかりした音色を轟かせ、オケの向こうには古代ローマの町が浮き上がて見えるかのようであった。 4曲目。この曲はローマのガラクタ市か蚤の市か、それとも謝肉祭か感謝祭かという感じの曲で、数多くの打楽器が使用されて全体に賑やかこのうえない。 第1曲「チルチェンセス」では今度は3階席上手(右側)後方に陣取ったバンダがNHKホール全体をローマのコロッセウムにするべく音を奏でる。第2曲「五十年祭」では今度は舞台を清新な教会にするべく鐘の音がおごそかに鳴らされる。そして、第3曲「十月祭」では舞台がローマ郊外の農村に移され、酒宴のあとの寂しをマンダリンがセレナーデを歌い上げる。最後の第4曲「主顕祭」はもう弦も管も打も入り乱れて、ローマ中が狂喜乱舞して飲兵衛状態になっているかのようにして終わる。とんでもない曲であるが(笑)、ザネッティは見事にそれを表現した。 この日のN響の金管陣は本当に素晴らしかった。以前は何度か首を傾げた演奏もあったが、この日の金管陣には座布団5枚ぐらい進呈したい。ブラボー! ネルロ・サンティも常に暗譜だが、イタリアのオペラ指揮者というのは暗譜が当たり前なのだろうか。後半の2曲は文句のつけようのない指揮ぶりだった。来週のBプロでは彼の真骨頂である歌劇の曲を何曲か指揮する。ちょっと楽しみである。 【追記】この日の演奏は7月29日(火)午前9時よりBS-hiで放送予定。
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