更新日:4月16日
●検察審査会の歴史あまり知られていないことなのだが、日本にもアメリカの陪審制度と同じような裁判が戦前にはあったそうである。1928年(昭和3年)から1943年(昭和18年)までの間、民間人が陪審員となって裁いた事件が全国で484件ある。
戦後、日本を占領したGHQは民主化を盾に、日本の検察官の権限が大きいとして、裁判に陪審制度を採り入れようとした。しかし、日本側は陪審制度を導入すれば「国家訴追の建て前が崩れてしまう」として、陪審制度に代って苦肉の策として、検察官の権限に目をくばらす検察審査会を設置したようである。なお、検察審査会法が公布、施行されたのは1948年(昭和23年)7月12日で、以後今日まで検察審査会は世間には余り知られることがないが地道に活動を行っている。
そして、検察審査会は日本の司法制度のなかで唯一民意を反映させられる機関である。
●検察審査員体験数検察審査会のパンフレットや裁判所のホームページなどによると、検察審査会発足以降1998年(平成10年)4月末日までに約45万人の国民が審査員もしくは補充員を体験しているという。
それでは、毎年何人の検察審査員もしくは補充員が選ばれているとなると、全国201ヶ所に検察審査会があるのだから、1ヶ所につき44人の検察審査員と44人の補充員が選ばれる。つまり、全国で年間8844人の検察審査員と同数の補充員が選ばれ、仕事をしているはずである。少なくとも年間に17,688人が検察審査会と関わっているはずである。しかし、私の経験からすると実際に検察審査会に参加する人は60%から70%ぐらいであるから、年に1万人余ぐらいの人が検察審査会の仕事をしているのではないだろうか。★疑問点
東京は全国一の人口があるのに、審査会は東京第一、東京第二、八王子の3つしかない。それでいて、裁判の数はもちろん全国一で、審査会への申立て件数も一番多い。このために東京の検察審査会は週1回は必ず行われる。日本で一番人口の少ない鳥取県にも鳥取、倉吉、米子と3つの審査会がある。また北海道には札幌、岩見沢、室蘭、浦河、小樽、函館、江差、旭川、留萌、名寄、稚内、釧路、帯広、網走、北見と15ヶ所もある。これはどうみてもおかしい。
場所によっては月に1回あるかないかのところもあり、審査会がちゃんと運営されているか疑問である。東京のように毎週1回やっていれば、検察調書などの資料を読むことに慣れるし、その背景にあることも理解できるようになる。だから、このような地方の検察審査会がちゃんと機能しているのか、疑問に思うわけである。