更新日:8月16日


小松克彦 プロフィール



■略歴


40歳のとき(1994年)にパソコンを本格的にはじめ、おかげで髪が白くなったスピード・ライターおよび無責任評論家。白髪は中学生のころよりあった。

1954年東京都目黒区生まれ。芸能人の結婚式で有名になってしまったサレジオ教会の附属幼稚園、その昔将軍様の鷹狩りの番所があったことが地名の由来の目黒区立鷹番小学校、白鷺伝説をいやというほど聞かされた目黒区立第八中学校、年がら年じゅう学園紛争だった都立大学附属高校を経て、なぜか渡米。それから4年間、カリフォルニアでとても貧乏な学生生活を送る。この間にMLBのオークランド・アスレチックスのファンになる。現在ではホームページの管理人までしている。

'78年に帰国後、外資系メーカーの販売促進会社に入社。ネクタイ生活を送るものの、上司とケンカして2年で退社。それから、数カ月後に朝日新聞の新聞広告欄に載っていた、自販機のエロ本屋さんとして有名だったアリス出版を受験。百倍(ちょっとオーバーかな)の難関を突破して見事入社。'83年まで3年間エロ本作りに精を出す。楽しかった〜。(^^;

'83年にふたたび渡米して半年間放浪生活を送る。帰国後、どういうわけか、JTB出版局より仕事が舞い込み、以後90年ぐらいまでガイドブックの仕事のために年の数カ月を海外で過ごすという一見優雅で、実はとてもハードな生活をする。その間に有限会社オフィスK21を設立、一応代表になる。著書に『New York Culture Book』(弓立社)など多数。編書に「フリーダム・シリーズ」(JTB出版局)など多数。また、'84年より約20年間演劇プロデューサーとして小劇場演劇界で殆どお金にならない仕事をする。

現在は週に3回近くのジムに行って健康を維持しながら、テレビ評論家、コラムニストとして細々と仕事をしている。'95年から毎年1回はメジャーリーグ観戦に出かけている。

ミレニアムの5月より10月までの半年間、東京第一検察審査会で補助員を務め、検察制度をかいま見ると共に、司法制度の善し悪しを実体験する。このときの体験はいずれ一冊の本にまとめたいと思っているので、どこか本を出してくれる出版社がありましたら、よろしくお願いします。



■これまでの主だったお仕事

旅関係の書籍・雑誌
・創刊当時('84年〜'93年)の「フリーダム・シリーズ」(JTB)などの執筆編集。
   アメリカ編(ひとりで執筆・編集)
   カナダ編(共同で執筆・編集)
   東海岸編(ひとりで執筆・編集)
   西海岸編(共同で執筆・編集)
   タイ編(共同で執筆・編集)
   中国編(雲南省部分を執筆・編集)
   東南アジア編(タイの部分を執筆・編集)
・『New York Culture Book』(弓立社)を執筆。
・雑誌『旅』(JTB)の「榎木孝明のノスタルジア彩紀行」の構成。
 『旅の面影』(JTB)として('01年5月)刊行。

芝居・テレビドラマ関係の書籍
「シナリオライターになる10の方法」(洋泉社)の執筆・編集。
「踊る!お仕事ドラマ」(同文書院)の執筆・編集。
・「That's テレビドラマ 90's」(ダイヤモンド社)の執筆・編集。
・「TVドラマ女優名鑑」('90年・'93年・'96年・'98年・'00年発行/洋泉社)の執筆・編集。
・「TOKYO芝居探検隊」('88年・'90年・'93年発行/宝島社)の執筆・編集。

アイドル・女子アナ関係の書籍
・「新・女子アナ時代」('00年発行/双葉社)を執筆。
・「NIPPONアイドル探偵団」('88年から'00年まで発行/宝島社)の執筆・編集。
・「NIPPONアイドル探偵団10年読本」('98年発行/宝島社)の執筆・編集。
※このほかに「Jr.アイドル名鑑」「CMアイドル名鑑」などのアイドル本の編集を行う。

芝居の仕事
・'84年の流山児★事務所の創立に参加。以後、いろいろな公演の制作を手がける。
 主な制作を手がけた公演は下記の通り。
・『血風ロック』(映画・ヨコハマ映画祭自主製作映画賞受賞)
・『ラスト・アジア』
・『ピカレスク黙阿弥』
・『青ひげ公の城』(初日通信大賞受賞)
・『ザ・寺山』(岸田戯曲賞受賞)
・『心中天の網島』


お仕事がありましたら、仕事の内容、連絡先などを明記の上、電子メールをこちらまでお送りください。電話番号はイタズラ電話に以前悩まされたので非公開。
折り返しすぐにご連絡いたします。よろしくお願いします。



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